「それで?」
目の前の女に、克哉は冷たい目を向けた。
「御堂さんと別れてください」
ピンクの口紅が艶やかな唇が舌足らずな言葉を紡ぎ、 それまでの話から結論はわかっていたのだが、克哉のこめかみはぴくりと動いた。 ...

「アジアンビューティー」
克哉が呟いたのを、太一は聞き逃さなかった。
「なんか言った? 克哉さん」
「あ、ううん。なんでもない」
「うっそ。なんか言った。間違いなく言った。克哉さん、俺に隠し事はなーし」 ...

「オレ、欲しいものがあるんですけど」
茶碗にご飯をよそいながら、克哉が言った。
克哉がこちらに来るとき持ってきた炊飯器は今、御堂の部屋で大活躍している。
ほかにも米、味噌に始まり茶碗、汁椀などもすべて克哉が渡米 ...

いつもよりずっと早くアパートに帰ってきて、克哉はスーツも脱がずに机の上に乗せたものをじっと見ていた。
今日は一日事務仕事をしていたが、少しだけオフィスを抜けて受け取ってきた、それはパスポートだった。
隣には封筒に入れら ...

金曜の夜本多は佐伯克哉のアパートへ向かっていた。
克哉は今日は一日内勤だったので、もう帰っている時間だろう。
約束を取り付けない訪問は、このところ元気のなかった克哉を驚かせ、気分を変えさせてやろうという気持ちからだった ...

12月の米国出張で御堂が注文していた克哉のスーツは、1月の終わりに届いた。
新しいスーツに袖を通すときには御堂に着せてもらうのが習いで、ネクタイまで締めてもらってから克哉ははにかんだ。
御堂にとってどうなのかは知らない ...

佐伯君が福岡支社長に引導を渡していた。
克哉が客先から戻ると、そんな噂が社内に広がっていた。
喫茶店にいるところを見ていた者がいたらしい。
「佐伯さん。福岡支社長の頭からお冷をぶっかけて、誰が福岡支社なんかに行 ...

克哉がエレベータホールで御堂に追いついたとき、御堂は誰かと立ち話をしていた。
邪魔をしたかと謝りながら相手を確かめると、人事部長だった。
「構わない。話は終った」
同意を求めて御堂に顔を向けられた人事部長は、不 ...

それはまったく突然の人事だった。

人事部長の呼び出しを受けて戻ってきた克哉は、その後の業務でミスを連発した。
いつもは完璧な仕事ぶりゆえに余計に目立ち、具合でも悪いのではないかと心配する声が御堂の耳にまで届いた。 ...

“彼”が海外勤務を希望している、と聞いたのは、冬になってからだった。
情報通の女性社員によると、希望は次の人事異動で通る見込みだという。
「米国本社じゃないみたいだから、どうなのかしらね。その選 ...

陽射しを感じて目を開けると、カーテンが開いていた。
時計を見なくても、とっくに昼だ。
隣に御堂がいないのは、気配でわかる。
克哉は自分も起きようとしたが、限界ぎりぎりまで飲まされたアルコールと、そのあとのたがが ...

ポケットのなかで携帯が震えたので見ると、本多からのメールだった。
がんばれよ
短い内容に、克哉は微笑んだ。
今日の全社会議のことを本多に話したのは随分前だが、覚えていてくれたらしい。
「サンキュ、本多」 ...

翌日から”彼”はぴたりと一室へ来なくなった。
ほっとした、というのが克哉の正直なところだったが、取り仕切り役はふたりで協力しなければならないので、問題もあった。
メールをしても意図的と思える遅い ...

夏期休暇。御堂のマンションへの引越し。
克哉の夏は慌しく過ぎた。

「途中経過報告書はこれで完成としていい」
朝一番でメールで送っていた報告書について、執務室に呼び出された克哉は胸を撫で下ろした。
M ...

役員面々の前で行った所信演説は無事終わった。
固いところはあったが、それも初々しいと好意的に受け取られ、大隈専務も上機嫌だった。
専務室で御堂共々お褒めの言葉をいただいたあと、克哉は御堂より先に退室した。
「あ ...

「克哉、おまえ痩せたよな」
定食屋の向かい合わせで、克哉と本多は昼食を食べていた。
「そうかな。最近眠りが浅くって。そのせいかな」
「ほら、これやるから食え」
本多は自分の皿からトンカツを一切れ克哉の飯 ...

先に行ってくれ、と言われて、克哉はひとりで御堂のマンションに戻った。
戻った、と思わず思ってしまうくらいに、克哉はここに入り浸っている。
どこまで甘えていいのかわからず、三日に一度は自分のアパートに帰ろうとしているが、 ...

エレベータの前で、役員と出くわした。
御堂が克哉の視界を遮るように位置をずらせたのは、それが大隈と対立する派閥の主だからだ。
「やあ、御堂部長。新しいプロジェクトは順調なようだね」
御堂に続き克哉にもおざなりな ...

克哉のMGNへの引き抜きは、ありえない速さで進められた。
大隈は通常の手続きのいくつかの順番を入れ替え、強引且つ派手に克哉を迎え入れる準備を整えた。
プロトファイバーの成功が社内で注目されているこの時期が、その営業を担 ...

克哉は出社すると、パソコンを立ち上げメールをチェックをした。
今日も一日スケジュールは詰まっている。
プロトファイバーのノルマはクリア確実だが、弾みのついた八課のメンバーは、達成率をどこまで上げられるかを目標に、まった ...

MGN本社ビル受付で待っていたのは、克哉が思っていたのとは違う人物だった。
年は三十手前くらいだろうか。清楚な、少し神経質な印象の女性だ。
ふんわりしたワンピースを着ていて、オフィスビルにいるよりホテルの喫茶室にいるほ ...

川出が手土産として持ってきてくれた桃は、それはそれは美味しかった。
皆で食べてもまだ残っていたので、翌日も昼食後のデザートにしようと、克哉はシンクの前で皮を剥いていた。
自分ひとりならかぶりつくのだが、御堂はそんな食べ ...

御克

「具は鍋から引き上げて、出来るだけ小さく切って。一割くらいはそのまま残すのを忘れないように」
「はい」
「そのまま残したのは、別の鍋で茹でて火を通して」
「はい」
「切った野菜は俺に渡して」
「 ...

御克

佐伯克哉の顔も名前も、すっかり忘れていた。
彼が松浦が勤める伊勢島デパートに営業に訪れるまでは。
「オレもバレー部だったんですよ」
そう言われて、ああ、と気のない返事をしたが、ひとつ思い出すとずるずると思い出し ...

御克

「きれいになれるレトルトシリーズ第一弾 コラーゲンたっぷりまるごとカレー」は、本来のターゲット層である若い女性だけでなく、 美味しく低カロリーで残業後の食事に最適と、サラリーマン層にまで浸透して大ヒット商品となった。
まるごと ...

相手がつっかかる物言いをしてきたときには、さり気なく受け流す。
御堂は自分が年長であるという矜持から、克哉は恋人のすることはほとんど許容できる大雑把さから。
そうやって、ふたりはこれまで円満に生活してきた。 ...

卵に絡まるバターの匂いが鼻をくすぐった。
重い目蓋を開けて寝返りを打つと、御堂の隣には誰もいない。
キッチンで朝食を作っているのは克哉なのだから、当然だ。
からだを起こすと、少しだるかった。
昨夜接待し ...

御克

「駄目だ駄目だ、あーもうっ、どうしてそんなに駄目なんだっ!」
スタジオにディレクターの声が響いて、怒鳴られた二人は俯いたまま固まってしまった。
少年たちは来月プロトファイバーの新CMソングContrastをリリースする ...

御克

「乗っていくか」
本多に向けられた御堂の言葉に、克哉は耳を疑った。
本多はつい今まで克哉たちと一緒にMGNの関連会社で、一室の新商品に関わる打ち合わせに出席していた。
次の商談の時間が迫り本多が急いでいる理由が ...

その誘いを克哉は金曜の夜、御堂とのキスの最中に思い出した。
「あ」
「なんだ」
途中で顔を離した克哉に、御堂はあからさまに機嫌を悪くした。
「馬を見においでって誘われてたんです」
「馬?」 ...