(10)
陽射しを感じて目を開けると、カーテンが開いていた。
時計を見なくても、とっくに昼だ。
隣に御堂がいないのは、気配でわかる。
克哉は自分も起きようとしたが、限界ぎりぎりまで飲まされたアルコールと、そのあとのたがが外れたような セックスのせいで、からだがすぐ動かない。
酒のほうは断れない立場の若手社員に杯を勧め続けた上役達のせいだと思うが、 セックスのほうは昨夜の場合は克哉のほうが積極的だった気がするので、自業自得だ。
「御堂さん…」
こんなことは初めてではないので、今更嫌われてしまうことはないだろうが、呆れているかもしれない。
克哉はまずぼんやりしている頭をはっきりさせようと、両手で目をこすった。
「…あれ?」
左手があたったところに、ひんやりと固い感触がした。
なんだろう、と手をかざしてみて目を瞬かせた。
左手の薬指に指輪がはまっている。
裸でリビングに走っていきそうになり、慌てて戻って下着を探したが見つからなかったので、 とりあえずシーツを腰に巻きつけた。
「御堂さんっ、これっ!」
半裸でリビングに入ってきた克哉を、コーヒーを飲んでいた御堂はしげしげと眺めた。
「色気があるんだかないんだか、わからない格好だな」
「ないです、そんなもの」
それより、これ、と克哉は御堂の前に立つと左手を見せた。
「ぴったりだな。寝ているときにサイズを測ったから、若干心配だったが」
「いつの間に… これは、その、どういう」
「意味を訊ねるのか、君は」
克哉は指輪と御堂を交互に見比べた。
「え、と…」
顔から火が出そうなくらい一気に赤くなった克哉に、御堂も少しつられた。
「…ありがとうございます」
「いいから、なにか着てこい」
克哉はシーツをひきずりながら、バスルームへ向かった。
頭からシャワーを浴びながら、流さないよう注意して指輪を外してみた。
プラチナ、なのだろうか。
裏側に刻まれている数字はなんだろうと考えて、克哉がこの部屋に越してきた日だと思い至った。
「え…」
唇が震える。
これは、いつから用意されていたのだろう。
カードキーをもらったときは、恋人になった証明のようで嬉しかった。
連日のように泊まるようになったときは、付き合っていることを実感して嬉しかった。
そして越してこいと御堂が言ってくれたとき、これでもう帰ることを考えなくてもいいのだと、克哉は素直に嬉しかった。
ただ傍にいられれば幸せなので、その意味を考えたことはなかった。
だが御堂は、どう思って克哉と暮らし始めたのだろう。
洗面所に備え付けてあるガウンを着てリビングに戻り、 持ってきたドライヤーを差し出すと御堂が髪を乾かしてくれた。
恋人の手は大きく繊細で優しく、そうして触れられるのが克哉は好きだ。
ドライヤーのスイッチがオフになり、うしろから抱きしめられると軽くもたれかかり、克哉は御堂の手を握った。
「御堂さんのはないんですね」
「あるが」
「…あるんですか」
握った手がほどかれて、握り返される。
指輪をしている指を強く押された。
「つけていてほしいか?」
克哉は少し考えてから首を横に振った。
「いいです。なんか恥ずかしい…」
揃いの指輪を持っていると考えただけで、顔が火照る。
さっきから振り向かないのも、恥ずかしいからだ。
「これ、すごくきれいですよね」
「知人が工房を開いていて、特別に作ってもらった」
気に入ったならよかった、と低い声で囁かれた。
「君は物には執着しないからな」
克哉は思う。
でもこれは、物ではない。
「オレ、ずっと、ここにいていいんですね」
左手が持ち上げられて、薬指に唇を押しあてられる。
御堂が見える形にしてくれた気持ちが、今克哉の指にある。
「君は一生、私の隣に立つんだ」
誓いのキスと言葉を受けながら、克哉は右手を御堂の右手に絡めた。