peach
川出が手土産として持ってきてくれた桃は、それはそれは美味しかった。
皆で食べてもまだ残っていたので、翌日も昼食後のデザートにしようと、克哉はシンクの前で皮を剥いていた。
自分ひとりならかぶりつくのだが、御堂はそんな食べ方はしない。
食べやすい大きさに形を揃えて皿に乗せると、まな板の上に種だけ残った。
ディスポーザーに放り込もうと手に取ったそれを、克哉はまじまじと見つめた。
まわりにはまだ結構果肉がついている。
もったいない…
思ってしまうのは、明らかに貧乏性だ。だが、
すごく美味しい桃なのに…
思ったときには唇が種に近づいていた。
行儀が悪いのは百も承知で、滴る果汁をシンクのなかに落としながら、夢中で種にむしゃぶりついた。
甘い…
「克哉?」
後ろから声をかけられて、克哉は飛び上がった。
「みみみみみ御堂さん…っ!」
ごとんと音を立てて種がシンクに落ちる。
「なにをして…」
言葉の途中で克哉がなにをしていたかわかった御堂は、呆れ顔になった。
「君は…子どもか」
「え、えと、あの、美味しいので、もったいないので、あの」
汚れた口元を手のひらで拭うが、既にその手はべたべただ。
洗おうと蛇口の下にもっていった右手を、御堂の手が掴んだ。
「え…? あ…っ」
指が御堂の口のなかに入っていくのを視覚で認識するのと、舌がぬるりと指に絡まるのを感じるのと、ほとんど同時だった。
「みみみみみ御堂さん…っ!」
反射的に手を引こうとしても、克哉の手首を掴んだ御堂はびくともしない。
「動くな」
熱の塊が指先から腕を通って顔に達し、首を通って足の先まで克哉は真っ赤になった。
ねっとりと熱い舌に一本ずつ指が絡み取られていく。
執拗と形容したくなるような行為と、御堂の表情が噛みあわず、そのちぐはぐさに煽られる。
淫らなことをされているのが錯覚かと思うくらい、睫を伏せた御堂の顔は品よく美しい。
「御堂さ…ひゃ…っ!」
手のひらをぺろりと舐められて、身を竦めた。
「どうした?」
克哉は解放された右手を胸元に引き寄せた。
御堂がさらになにかしてくるかと思ったが、動く気配がないので、おずおずと左手を差し出した。
「こっちも…」
御堂は笑う。
意地悪な顔まで美しいのは、反則以外のなにものでもない。
「しょうのないやつだな」
「…ごめんなさい」
再び唇に指が触れ、それが口のなかに入ってしまう前に、克哉は人差し指で御堂の唇を撫でた。
御堂は少し驚いた顔をしたが、克哉は頭がぼうっとしてそれどころではない。
さっきと同じように早くしてほしい、と強請るように手を動かすと、また御堂は笑った。
「本当に君は…」
引っ張られて、抱きしめられる。
「ここも甘いな」
唇にキスされて、克哉はうっとり目を閉じた。
「すっかりぬるくなってしまったぞ」
ソファにぐったり寝転がった克哉の口に桃が滑り込んできて、 目を開けると、シャツの前をはだけた御堂も手掴みで桃を食べていた。
そんなだらしない姿まできまっている。
皮を剥いてから時間が経ったので少し色が変わったが、それでも美味しい桃を飲み込みながら、克哉は潤んだ目で御堂を眺めた。
「まだ足りないのか?」
「そうじゃないですけど…」
克哉が手を伸ばすと、御堂はすぐ意を汲み取った。
差し伸べられた御堂の指には、先程の克哉ほどではないが桃の果汁がついている。
ゆっくりと口に含むと、思った以上に甘かった。