「傘を貸してやるからついてこい」
御堂にそう言われたとき、本多はなにかの罠かと思った。
直前まで例の如く激しくやりあっていた。
いい加減喉が枯れたので終わらせただけで、お互い相手の考え方が気に食わないのはそのま ...

ドアが開く気配がして、克哉は耳からイヤホンを引き抜き、テキストを放り出してキッチンから玄関に走った。
「おかえりなさい、御堂さん。雨、濡れませんでした?」
返事が返ってくる前に抱きついた。
おかしいな、と思わな ...

ある日曜。
御堂は書斎で仕事をしていた。
午後には終わらせて夜は外で食べようと約束していたが、既に二時を過ぎてどうやら反故になりそうだ。
一緒であるなら食事は別にどこでしてもかまわないので、そのことはいいのだが ...

同じ仕事をしているとはいっても、立場が違えば責任も違う。
その日の午後から発生したトラブルは終業時間には一応の決着を見たが、責任者である御堂は海外の現地法人からの連絡待ちとなった。
「電話があれば終わりだから、君はもう ...

3月半ばのある週末、克哉はリビングでガイドブックを開いていた。
4月下旬から5月頭にかけての大型連休に行く旅行の下調べだ。
去年の今頃はプロトファイバーの営業満了直前で、MGNへの引き抜きが決まった頃でもあって慌しかっ ...

御堂が執務室で克哉の報告を受けていると、大隈専務が現れた。
わざわざ足を運んでくるということは、機嫌がいいということだ。
大方先程までの役員会議で、対立する役員を牽制するのに成功したのだろうと御堂は踏む。
専務 ...

御堂の生活には無駄が多い。
無駄遣いしている、というわけではなく、そんなことに金をかけなくても、というものがかなり多い。
克哉が思う最たるは、生活関係、家事に関する項目だ。
多忙が一番の原因であるのはわかる。 ...

こんなものを見つけてしまうなんて、オレはすっかりこの部屋に馴染んでいるんだなあ、 と動揺を隠すつもりで克哉は思った。
そもそもなにを探して書棚の抽斗を開けたのかすら、思い出せないほどのショックが、そんなことで誤魔化されるもので ...

帰宅後シャワーを浴びていて、肘を少し捻ったところに赤い跡を見つけた。
普通にしていては自分では見えないところなので、丸一日近く気づかなかったのだと思われる。
ほかにも、と探してみると、体中あちこちにいくつかあった。 ...

高校から大学時代の写真を見せてもらい大喜びした克哉に、御堂は要求した。
「君の写真も見せろ」
克哉はきょとんとしてから、思考を廻らすように上目遣いになった。
「えーと。 …ないんですよね」
「ない?」 ...

窓から温かな光が入ってくるようになった季節の週末。
洗濯物を干し終えた克哉はリビングに入った。
ハウスキーパーに入ってもらっているので、君はそんなことをしなくていい。と御堂は言うが、 多忙でどうしようもないときはともか ...

「どうだ」
「はあ、ぴったりですけど」
靴屋の奥で、イタリア製の革靴を試し履きした克哉は、上目遣いに困った顔で口の端を上げた。
そんなものは無視して、御堂は支払いのためにカードを店員に渡す。
克哉に買っ ...

これはまずい。
克哉が気づいたのは、税関を抜けたときだった。
御堂の代理として急遽出張が決まったのは、一週間前。
昼前にマンションに帰って慌てて荷造りして、夕方の便でトラブルの発生した海外工場へ向かってからは、 ...

マンションに戻ると、玄関に出かける前にはなかったものがあった。
さらにスーツケースを引っ張りながらリビングに入った御堂は、克哉を発見した。
暖房はついているが12月も後半に入った時期に、毛布一枚被ったままでソファの上で ...

「御堂部長のストラップ。あれは絶対彼女からのプレゼントよね」
地下倉庫で古い書類を探しに来た克哉は、その名前にドアの前で足を止めた。
手前が文房具を保管する棚で、女性社員三名が在庫チェックをしているらしい。
人 ...

御克

それはコーヒーブレイクでの会話だった。
合コンで知り合った女の子と海を見に行くと藤田が漏らしたのに、先輩社員達が喰らいついた。
「砂浜歩いて手をつないじゃったり?」
「夕日見ながらキスとかするんだ?」

御克

水族館に行きたい、と克哉が言い出したとき、御堂は少し嫌な顔をした。
「混むだろう」
「かもしれませんけど。せっかく出てきたんだし」
結局週末の激しく混んだ水族館で御堂は仏頂面を通すことになるのだが、我慢が限界に ...

「誕生日プレゼントにしたいんです。気持ちが伝わるものを贈りたいんです」
青年がそのとき着ていたのは、この店が売ったものだった。
スーツとシャツは六月に彼のサイズに合わせて職人が作り、ネクタイは彼をこの店に連れてきた客が ...

克哉と付き合っていることが友人たちに知れ渡ったのは、ワインバーに集うメンバーが触れ回ったからだ。
御堂を肴に出来るまたとない機会を逃すまじ、ということで、強引に会う約束を取り付けた彼らは、決まってこう言った。
「三十過 ...

「御堂さん、ちょっと休憩しませんか?」
コーヒーカップをふたつトレイに乗せて、克哉は執務室に入った。
「家から豆を持ってきたんです。
給湯室のコーヒーメーカーを使って煎れました」
商談用のテーブルにトレ ...

引越しにあたって、御堂は初めて克哉の部屋に入った。
送り迎えにアパートの前まで来ることはあったし、克哉が支度するあいだドアのなかで待つこともあったが、 なかに上がったことはこれまで一度もなかった。
玄関に立てば、室内す ...

すっかり「いつもの」となった週末、克哉は御堂のベッドで目を覚ました。
キングサイズの御堂のベッドは広いが、それでも男ふたりが寝ていて広々しているというわけではない。
ほんの少しでも動くと御堂に触れるし、だから迂闊に動け ...

今週は忙しすぎて週末のための食料の用意が出来なかった。
可能な限り外出しない、の原則を崩して、仕方なく御堂は買い物に出た。
ケータリングは便利だが、配達のタイミングによっては受け取るのが困難なときがある。
「オ ...

克哉がバスルームから出てくると、固定電話の呼び出しが留守電に切り替わるところだった。
「…私よ。ほんとにいないの? まあいいわ」
女の声だ。
「このあいだの話の返事よ。納得したわ。それじゃ、さようなら」

残業を終えてマンションに戻ると、窓辺に見慣れないものがあった。
申し訳程度の飾りがついた、ひょろりとした笹だ。
「あ、それはですね」
リビングで足を止めた御堂に気づいたのか、克哉がキッチンから出てきた。

ウェイターに案内された席で待っていたのは、 擦れ違ったら思わず振り返ってしまいそうな、派手な顔立ちの男性だった。
「遅れてすみません」
「五分なんか遅れたうちに入らないよ」
座ったら、と言われて席に着く。 ...

タクシーを降りると、ワインバーの前だった。
「どうした、行くぞ」
御堂からまったく説明を受けていない克哉は戸惑った。
御堂についてワインバーには何度か行っているが、この店には知り合ったばかりの頃連れてきてもらっ ...

シャワーを浴びてバスルームから出てくると、電話がなっていた。
「ああ、御堂。やっとつかまった」
かけてきたのは大学時代の友人だった。
「携帯はいつも留守電だから、たまには家のほうにかけてみようかと思いついてさ」 ...

御克

今何曜日の何時ですか、と問われたので、日曜の夜8時だと答えた。
「じゃあオレ、帰らないと」
シーツを握り締めて、のろのろと起き上がる克哉の肩を、御堂は軽く突き飛ばした。
元々力の入っていなかったからだは、呆気な ...

御克

火曜の夜は役員との懇親会、水曜の午後から支社に出張、木曜は戻ってからたまっていた決済業務を処理。
スケジュール帳に隙間があるのを嫌う御堂が、遅くまで分刻みの予定を恨めしく思ったのは初めてだ。
「明日、やっと会えるんです ...