あなただけのもの
帰宅後シャワーを浴びていて、肘を少し捻ったところに赤い跡を見つけた。
普通にしていては自分では見えないところなので、丸一日近く気づかなかったのだと思われる。
ほかにも、と探してみると、体中あちこちにいくつかあった。
シャワーのノズルを元の位置に戻して、克哉は考える。
…これ、いつつけられてるんだろう。
セックスの最中に肌を強く吸われることは珍しくないが、自分が覚えている漠然とした回数と、 あとから気づく跡の数がどうも合っていない気がする。
御堂はキスが好きだ。
いっそキス魔と言ってもいいほどに。
愛情などというものを自覚する前から、唇を重ねることにまったく抵抗感がなく、 「接待」当初の克哉を盛大に慄かせたものだが、まあそれはよしとして。
当時から、というか当初から覚えのない跡には困惑させられた。
まじまじと膝の裏を見ながら、確信する。
こんなとこ、絶対夕べつけられたんじゃない。
少なくとも、意識のあるうちには。
どう考えても、寝ているあいだにつけられてるとしか思えない。
オレの知らないあいだに、オレのからだになにしてるんだろう、御堂さん。
聞いてみたいが、聞くのも怖い。
そう思って、今まで放置してきたが、思い切ってみた。
「御堂さん、あのぉ」
セックスのあと、克哉は御堂の腕のなかに再び転がり込んだ。
「なんだ。まだ足りないのか?」
「いえ、そうじゃなくて…っあ…もう、ダメ、です」
背中の窪みを撫でてくる手を押し戻す。
足りないと言われれば、平日はいつも足りない。
仕事に支障が出るので、週末以外は一回しかしないことに、なんとなくなっている。
「明日、困りますからやめてください」
「ではなんだ」
不服そうに、御堂は手を離す。
これ、と肘を示すと、御堂は「ああ、それか」と呟いた。
「オレが寝てるとき、オレになにかしてます?」
質問の途中から、御堂は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「なにをされていると思ってるんだ?」
「…反応ないのに、楽しいですか?」
「反応してないと思ってるのか?」
「…へ?」
手首を引き寄せられて、血管の浮き出るあたりを強く吸われる。
唇とわずかにあたる歯の感触と、伏せた御堂の睫毛に、全身の細胞がざわめくような気がした。
「…っ! だ、ダメっですっ!」
シャツの袖口から見えそうな位置に跡が残る。
「…御堂さん」
「そういう顔もいいが、寝ているときの君は、君自身のものでさえなく、真実私だけのものだということだ」
唇に軽くキスされて、克哉は鈍くなった思考を取り戻そうと努力する。
「それはその…寝ててもオレはなにか反応してるってことですか?」
「さあな」
「……」
「いつでも、というわけではない。
君は眠りが浅いから、普通は少し触れたら目を開けるからな」
普通でないときというと、失神したのか眠ったのかわからないようなときのことか。
知らないときに跡がつくほど触れている御堂を咎める、というほどでもないが、その性癖を指摘するつもりだったのに、 逆に自分のほうが淫らであることを暴かれた形になってしまった。
克哉は頭を抱え込みたくなったが、御堂の腕に抱き込まれて出来ない。
ひょっとして今晩は、この腕枕みたいな姿勢で寝なくてはならないのだろうか。
中途半端に疼くからだを持て余しながら?
「…孝典さん」
克哉は頭を動かし、御堂の鎖骨を舌で舐めた。
「もう一回…」
「明日困るんだろう?」
だが御堂もびくりとからだを震わせた。
「だから、もう一回だけ」
「仕方のないやつだ」
腕が引き抜かれ、御堂がからだを起こして覆い被さってくる。
「起きてるオレと、寝てるオレと、どっちがいいですか?」
髪に指を絡めながら、克哉は聞いてみた。
「そんな生意気な口をきかなければな」
「でもオレ、起きてるから言えるんですよ」
「なにを?」
御堂の目が挑戦的に細められる。
克哉はそれに満足した。
「好きです。孝典さん」