イルカと計算
「御堂部長のストラップ。あれは絶対彼女からのプレゼントよね」
地下倉庫で古い書類を探しに来た克哉は、その名前にドアの前で足を止めた。
手前が文房具を保管する棚で、女性社員三名が在庫チェックをしているらしい。
人の出入りの少ない倉庫なので、気兼ねなくお喋りしている。
「そりゃそうでしょ。あれを御堂部長が自分で買うと思う?」
克哉の背筋のあたりがひやりとした。
彼女たちが話しているのは、御堂の携帯のことだろう。
あれには今、イルカが揺れている。
週末水族館で買ったストラップを、克哉が今朝つけたのだ。
プライベート用なので人に見られることはまずないだろうと思っていたが、その日のうちに早速気づかれたようだ。
「でも意外。御堂部長の恋人って、可愛い系のストラップをプレゼントするタイプなんだ」
「ストラップ一個でも、何万もするブランドモノを好きそうなタイプをイメージするわよね」
「あれじゃない?美人でセレブなんだけど、私、こういう可愛いモノもの好きなのー、ってギャップの効果を計算できるタイプ」
「年の差があるのかも。 甘えて拗ねて、あえてカレに不似合いなストラップを渡して、これ、私だと思ってつけていて!とか」
「自分が貰うのは、ブランドモノばっかなのに?」
「だからそこが可愛く見える計算」
「あー、御堂部長もただの男か」
彼女たちのお喋りはまだ続いていたが、克哉は壁に手をつきながらよろよろとその場を離れ、 その足で一室に戻り、自分のデスクを通り過ぎて執務室へ向かった。
「御堂さん、携帯出してください」
ノックに返事をするや否や入ってきた克哉に、デスクトップの画面を見ていた御堂は驚いたようだ。
鞄から出された携帯を受け取ると、克哉はするするとストラップの結び目を解いた。
「外すのか?」
「はい」
大人な彼に不似合いなストラップをわざとつけさせる、年下で甘ったれな恋人。
「あの、でも、計算とかじゃないですから」
「ああ?」
「すみません、オレ…以後、気をつけます」
「あ、ああ」
携帯から離れたストラップを上着のポケットに入れ、克哉は頭をちょこんと下げて執務室を出て行った。
残された御堂が、チープで可愛い樹脂製のイルカを克哉に似ていると思い、少し気に入っていたなどと、克哉は知るよしもない。