(1)
閑静な住宅街よりやや庶民的な一角に、五階建てのその集合住宅はある。築そこそこ年数だがリフォームは行き届いていて、見かけによらずセキュリティは万全だ。
「へー、こんなになってるんだ」
着古したブルゾンを着てスポーツバッグ ...
(2)
年内の撮影はクリスマス前に終わる予定だったが、遅れに遅れた結果大晦日までずれ込んだ。
「良いお年をー」「良いお年をー」
なんとか年越しせずに撮影は終わり、出番はないが差し入れをして、そのまま最後まで立ち会っていたマクギ ...
(3)
オルガ・イツカが目を覚ますとそこは知らない家だった。
ソファで寝ていたがクッションが良かったので、からだはそんなに痛くない。それより気持ちが悪かった。
「おーい。大丈夫かー?」
ドアを開けて入っていたのはガエリ ...
(4)
「あの男はいないの?」
撮影が終わるや否やカルタ・イシューは共演したガエリオと、後ろのスタッフ一同に対して聞いた。
わけのわからないガエリオの代わりにADが答える。
「申し訳ありません、カルタさま。今日のシ ...
(6)
その日ガエリオの機嫌は誰が見ても悪かった。
どんなにスケジュールがきつくてもムードメーカーを務める人が珍しい。
「喧嘩でもしたのかな」
「ファリドさんと?」
「それはないんじゃね? 掌の上で転がされ ...
(5)
人に聞かれると自営業と答えるが、ガエリオの実家は名を聞けば誰でも知っている大企業の創業者一族の一家門だ。十八のとき家は継がない役者になると宣言して、勘当された。
長らく家族とは没交渉だったが、数年前、家を出てから生まれた妹が ...
(7)
炎天下でのアクションシーンで相手役が何度もNGを出した。
ちょっと疲れてきたかも。
覚えていたのはそこまでだった。
「あ。生きてた」
ガエリオが病院で目覚めたとき、ベッドサイドにいたのは三日月だった ...
(8)
「マッキー、さっきから全然喋ってなくない?」
ちゃっかりテーブルに混じったいつもの夕食時。三日月がガエリオにおかわりの茶碗を突き出しながら、隣に座るマクギリスに顔を向けた。
「食べてない」
マクギリスはほと ...
(9)
『言葉にしなくても、気持ちは通じていると思っていた。俺の気持ちは本物だから』
『言ってくれないとわからない』
『ごめん。愛してる』
雨のなか抱き合うふたりに被さり、タイアップ曲が流れてくる。
「は ...
(10)
一緒に暮らし始めたばかりの頃。
「おい、これはなんだ」
怒気を含んだ声に、プランターに水を遣っていたマクギリスが振り返った。
ガエリオは食器棚に彼が買ってきた皿やカップを収納しているところだった。手に ...