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「あの男はいないの?」
撮影が終わるや否やカルタ・イシューは共演したガエリオと、後ろのスタッフ一同に対して聞いた。
わけのわからないガエリオの代わりにADが答える。
「申し訳ありません、カルタさま。今日のシーンにはファリドさんは出ないので」
「なんですって?」
カルタは声を張り上げた。
「マクギリスと一緒と言うからこの役を受けたのに、どういうことなの! プロデューサーを連れてきなさい! いえ、脚本家だわ! 今すぐホンを書き直しなさい!」
カルタは配役より実際はずっと年上の、数々の受賞歴のあるベテラン女優だ。ADは慌てて宥めようとした。
「今からホンの変更はちょっと。そうだ! 出演者の皆さんで親睦会をしましょう。あ、いいですね、コレ! 撮影の関係でなかなか顔を合わせられない人もいますし。ね! ボードウィンさん!」
「へ?」
なにがなにやらのガエリオだったが、気づいたら幹事をさせられていた。この作品は出演者が比較的若い層に偏っているため、飲み会となるとガエリオやマクギリスが奢ることが多いのだが、今日はカルタがふるまった。
急な話でも、回らない寿司屋にはあっという間に人が集まり、マクギリスは別の仕事を終わらせて、間に合うようにやって来た。
「カルタさまはその昔、ガチでファリドさんにフラれているのです」
既に出番は終わっているが、声をかけられ姿を見せたカルタと同じ事務所のフミタンが解説してくれる。
「ガチってどういう?」
興味津々のユージンが訊く。
「デビューしたての十代半ばのファリドさんに結婚を前提におつきあいを申し込んで、丁重にお断りされました」
大体その年齢の鉄華団のメンバーは、笑い顔のまま固まった。
「しかし以降も諦めきれず、全力でファリドさんを応援しつつ愛でる機会は逃さないというスタンスを貫かれているのです」
「重たい愛だな」
シノがぼそっと呟くと、隣のヤマギがじろっと睨んだ。
ガエリオは何度かカルタと共演したことがあるが、そんな話は初耳だ。勿論マクギリスからも聞いたことがない。
マクギリスはカルタに侍っている。なんだか知らない独特の雰囲気があり、ふたりの様子は全員に遠巻きに観察されていた。酒の酌をするマクギリスなど早々見られるものではない。
「ご無沙汰してしまい申し訳ない。カルタおねえさま」
おねえさま! おねえさまと呼ぶのか!
「不義理は今に始まったことか。私が誘ってもなんだかんだと断ってばかりで」
「おねえさまのことは人としては好きですが、そういう相手としてはまったく興味がないので」
さらっとずばっとすぎて近くにいた者が凍りついたが、カルタは特に気にした様子もなく、マクギリスに顔を寄せた。
「そうよ。その件だわ。あんた、誰かと一緒に暮らしてるって本当なの?」
「ああ、まあ」
「聞いてないわよ、そんなこと!」
「そうでしたっけ」
「今あんた、言ってないから、って思ったわよね。わかるわよ! いつから!」
「五、年? くらい?」
「待ちなさいよ。最近かと思ったら、なにそのふざけた年数。言いなさいよ。私に言うべきでしょ。え、そうなんですか、って顔するんじゃないわよ」
勢いはあるが、声は抑えてごにょごにょ喋っているので、ほかには聞こえていない。
「女、じゃないでしょうね。女だったらここで刺すわよ」
「おねえさまは相変わらず過激だ」
マクギリスはちょいちょいとガエリオを手招きした。なんだ? と来たガエリオを示し、
「彼です」
と、紹介した。カルタはマクギリスとガエリオの顔を交互に見てから、もう一度マクギリスを見た。
「趣味悪くない?」
「あっはははは!」
「おい。そこ笑うとこか」
「嫌だ。ほんとなの?」
「彼の契約の関係があるのでご内密に。あ、ここにいる面子は知っているので大丈夫です」
事も無げに、マクギリスはカルタの杯に酒を注ぐ。カルタはマクギリスの顔を穴が開くくらい眺めた。
「あんた、性格丸くなった?」
「いや、別に」
「嘘おっしゃい。私の知ってるマクギリス・ファリドは他人と絶対一緒に暮らせない性格よ」
「そうだって」
都合よく話をふられて、ガエリオは頭を振る。
「ちょっと。やめてよ。そういうふたりだけの世界は」
カルタはおもむろにマクギリスの後頭部に手をかけると、自身のそこそこ大きい胸に顔を押しつけた。
「やめてくれませんか。セクハラなんですけど」
胸の谷間に鼻先を埋めさせられ、かなり嫌そうにマクギリスが抗議する。
「スカートに押しつけられるほうがいい?」
カルタはどこかのオヤジのようなことを言い、取り合わない。
「う、うらやましい…!」
シノが呟き、ヤマギに睨まれた。
同じ家に帰るのだが、一緒に帰ると写真を撮られる危険があるので、マクギリスはタクシーでカルタを送ってから帰ってきた。
先に着いてとっくに寝ているだろうと思っていたガエリオは、マクギリスが靴を脱いでいると玄関まで出てきた。なに、と訊こうとする前に腕を掴んでキスされた。酔いもあって足元がふらつくと、ソファに引っ張っていかれ押し倒された。
コートも脱いでいないのだが、キスされながらセーターをたくし上げられ、シャツもボタンはそのままに手を差し入れられ素肌に這わされた。
なんだろう。最近そんなにしていなかったか、とぼんやり考えるが、下半身を指で煽られて思考が途切れる。
「……?」
ふいに刺激が止まり目を開けると、ガエリオが顔を寄せてきた。
「マクギリス。口でして」
そんなことを要求されるのは珍しい。ガエリオは基本的に自分が主導権を持っていたいタイプで、マクギリスが積極的に動くのは嫌がる。だがマクギリスは特に嫌ではないので、ガエリオの肩に手を置いて上半身を起こし、肘のあたりでもたついていたコートを脱いだ。
ガエリオから微かに石鹸の匂いがして、からだを洗ったあとだとわかる。彼らしい。
「おまえ、香水臭い」
舌を使うマクギリスの頭を押さえながら、ガエリオが髪に鼻を近づけた。
そうか? と思うが、ようやく気づいた。妬かれているらしい。
誤解されるようなことは一切しなかったつもりだし、だから責められたりしないのだろうが、それでも嫉妬されるというのは新鮮だった。
「おい、やめるな」
「サービスしてやろう」
肩を押して倒すとガエリオの下着とズボンを剥ぎ取り、自身も下だけ脱いで跨った。
見せつけるように指を舐めて、その指で後ろを慣らす。
「…っ!」
ガエリオが息を飲み、内腿に触れているものが固さを増した。
見られているのを意識しながら腰を落とし、姿勢を入れ替えようとするのを無視して、根元まで銜え込んでから腰を使った。
「おまえ、ちょっと、待て」
なかでどんどん質量を増しながら言われても、説得力がない。マクギリスも目が眩みそうなくらいよかった。
「待てと言っている!」
「先に、イけ」
射精を耐える顔を見下ろしながら言うと、手で腰を掴まれて揺さぶられた。予期しない刺激に高い声が出る。ぎりぎり残しておいた余裕がなくなり、マクギリスは上を向いて頭を振った。
「マクギリス」
熱を帯びた声が耳を震わせる。
「俺の名前を呼べ」
閉じていた目を薄く開けた。
「…ガエリオ」
掠れた声が互いの最後の理性を消し去った。一番深くに熱いものが注がれると同時に、マクギリスも達した。
後日、撮影所にて。
「またマクギリスはいないの? やっぱり脚本家呼びなさい! ホン書き直しなさいよ!」
好き放題言っていたカルタは、ガエリオを見つけて呼び止めた。
「ちょっと。マクギリスを呼びなさい」
「ここじゃないとこで仕事してますよ」
「ああ? 使えないわね。なんのために一緒に暮らしてるのよ」
「少なくともあなたに会わせるためじゃありませんね」
お互い衣装を身に着けて火花を散らしあったが、カルタはふと気配を変え、上から下までガエリオを点検するように見た。
「あんたみたいなフツーの男がマクギリスとねえ」
「フツー言うな」
「だってあいつは緩やかに破滅していくタイプじゃない」
カルタの言葉に悪意は含まれていなかったが、それでもガエリオは反射的に反発した。
「案外そうでもないですけどね」
カルタはまばたきした。
「そこで怒るの。あ、そう。ふーん」
「なんだ」
いつの間にかタメで喋っていたが、カルタは気にせずにやりと笑った。
「泣かせたらブッコロス」
マクギリスがそんなタマかと思いつつ、ガエリオはとりあえず頷いた。