(9)
『言葉にしなくても、気持ちは通じていると思っていた。俺の気持ちは本物だから』
『言ってくれないとわからない』
『ごめん。愛してる』
雨のなか抱き合うふたりに被さり、タイアップ曲が流れてくる。
「はーっ。何回見ても名作っすね。メリビットさん、美しい…」
息を詰めて画面を見ていたオルガが、顔を赤くして言った。
「まあ、女優は画面で見るのが一番だよな」
テーブルに昼食を並べながらガエリオが答えた。
いつの間にかこの家は、若手がごはんを食べさせてもらいに来るところとなっていた。ダイニングの壁には、彼らが開いてくれた結婚祝いの会で、記念に渡された色紙が飾られている。
食事が出来るまでのあいだ、食べさせてもらいに来たオルガと、毎日ここで食べている三日月が見ているのは、ガエリオの出世作と言われる映画だった。相手役はメリビットで、社会現象と呼ばれるくらい人気があった作品だ。
「女って」
デーツを口に入れながら三日月が言った。
「すぐああいうこと言うよね」
「ああいうこと?」
オルガが聞き返す。
「言ってくれないとわからないってやつ」
オルガは頷いたが、実はからきし初心なのでわかっていない。
「めんどくさいんだよね。わかるじゃん。言わなくても。ねえ」
と、話をふられたのはなぜかガエリオだった。
「俺は言うぞ。ちゃんと」
な、とガエリオがテーブルで紅茶を飲んでいるマクギリスの顔を覗き込んだ。
「聞いてなかった」
「愛してる」
「ああ、はい」
会話はそれで終わり、マクギリスはまた紅茶を飲み始めた。オルガがおずおずと口を開く。
「ガエリオさんて、前からそんな感じなんですか?」
あまりにしょっちゅうごはんを食べさせてもらっているので、ファーストネーム呼びに変わっている。
「こいつとつきあう前って意味か?」
「はあ、まあ」
「そんなわけないだろ。俺だってめんどくさいと思ってたよ。だが、ちゃんと言ってるのに聞いてないって言う奴に、言わなかったらどうなると思う」
「大変なことになりますね」
「だろ」
オルガは頷いた。まあわかっていないのだが。
テーブルに着くとき、三日月はマクギリスにだけ聞こえるように言った。
「ほんとは全部聞いてるんでしょ」
マクギリスは口元を笑みの形にして、唇にそっと人差し指をあてた。
内緒だよ。