(2)

年内の撮影はクリスマス前に終わる予定だったが、遅れに遅れた結果大晦日までずれ込んだ。
「良いお年をー」「良いお年をー」
なんとか年越しせずに撮影は終わり、出番はないが差し入れをして、そのまま最後まで立ち会っていたマクギリスも帰ろうとしていると、三日月がやってきた。
「マッキーに連れて行ってもらいたい店があるんだけど」
差し出したのは飲食店のカードだった。表に記された店の名前と裏の住所と地図を見て、マクギリスは、ああ、と言う。先日三日月が共演したクダル・カデルの経営する店だ。
「遊びに来いって言われたけど、ひとりはダメだって」
監督かマクギリスについて来てもらえと言われたらしい。意味はわかる。三日月はスナックに行くには微妙な年齢だし、素行的にも大胆すぎてひとりは危険だ。
「オルガも行きたいって」
三日月のうしろからオルガ・イツカが頭を掻きながら姿を見せた。
「いや、すんません。ちょっと興味があって。てか、ミカ、おまえ、ファリドさんをマッキーとかよく呼べるな」
「マッキーはマッキーだよ。ね、マッキー」
「ミカ、おまえはすげえよ」
三日月とオルガは児童劇団から一緒の幼馴染だ。
「やっぱ、こんな年の瀬に迷惑ですかね?」
「かまわないよ。どうせならみんなに声をかけたらいい」
「わーい。マッキー、太っ腹ー」
棒読みは三日月だ。そしてマクギリスの驕りが決定している。みんなを呼びに行こうとするオルガを、マクギリスは止めた。
「彼だけには絶対来てもらってくれるかな」
「誰ですか?」
「昭弘くん」

「キャーッ! アキヒローッ! アタシに会いたかったのねーッ!」
「いや、俺は、引っ張ってこられただけで」
タクシーの支払いをすませてマクギリスが店に入ると、昭弘・アルトランドがクダルの熱い抱擁を受けていた。
撮影が何時に終わるか定かでなかったため、年越しの予定も入れられなかった者が結構集まった。急に大勢で押しかけることになり、出来れば貸し切りにしてほしいと電話したマクギリスに対し「こっちにも都合ってもんがあんのよ。常連さんだっているし」と渋るクダルへの手土産が昭弘だった。
「昭弘。成仏してくれ」
顔にいくつもキスマークをつけられ、魂が抜けたようになっている昭弘に、ユージンは手を合わせた。
カウンターとソファ席の店内に、それぞれ陣取り盛り上がる。
「悪かったね、無理言って」
「ほんとよもー。アキヒロに会えたから許すけど」
カウンターのなかに入れられた昭弘は、真っ白に燃え尽きていた。
「持ち帰りはなしで」
「ちょっと、なんでよ」
今回の撮影では一緒にならなかったふたりが親しげに会話するのを、マクギリスの隣に座った三日月が烏龍茶にも水割りにも見える液体を飲みながら眺めた。
「ふたりは前から知り合い?」
「アタシが主宰する劇団の公演に、客演してもらったことがあんのよ」
「へー」
三日月のボキャブラリーは少ないが、これは気持ちの入った、へー、だった。
「マッキーに借りて舞台の録画したやついくつか見た。舞台って面白いね」
クダルはカウンターから身を乗り出した。
「じゃあ次のうちの公演に出る?」
そうだなあ、と三日月は店内を見渡した。
「店を持つのにも興味ある。経営って難しい?」
クダルがマクギリスの顔を見た。マクギリスは肩を竦める。
「おまえ、売れてんじゃないの。役者、辞めたいの?」
「そういうわけじゃないけど、いつまで仕事来るかわからないから。俺、背も高くないし、たまたま主演が続いただけで。学歴もないし、副業があれば将来安心かなって」
「ガキのくせに驚きの安定志向ね」
ウィスキーの封を切ってクダルはカウンターの上に置き、店の子がグラスと氷を出してくるのに、勝手にやるから、とマクギリスが受け取った。
「余計なこと考えないで、芝居をがんばんなさいよ」
「そうだけど、いずれ? マッキーだってアパート持ってるし。あ、」
「知ってるわよ。てか、おまえこそなんで知ってんのよ」
クダルの顔がマクギリスのほうを向いたので、マクギリスが答える。
「彼にとって私は今、大家なんだ」
「そうなの? へえ、じゃあアノコトも知ってんの?」
「え? それも知ってんの?」
「ふたりともそれ以上具体的に言わないようにね」
ロックを作り終えたマクギリスが、にっこり笑ってクギを刺した。既に現場でも気づく人には気づかれているのだが、わけありらしいのを察して黙ってくれている。
「もうこの際、違約金ぐらいアパート売って払ったげなさいよ」
「それぐらいで足りる額じゃない」
「そーなの? まあ確かにカレ、結婚でもしたら、自殺するファンがいそうなくらいの人気だもんね」
「え。あの人、そんなに人気あんの?」
三日月が目を丸くする。
「おまえさあ。知らないことにビックリだよ」
マクギリスはグラスに口をつけて他人事のような顔だ。
「マッキーは困らないの? 世間に知られても」
「私は隠してないから。今、誰とつきあってるか以外は」
三日月に見上げられてクダルは頷く。
「いるんだよね。こういうノンケをたらしこむタイプ」
「てことは、元々あちらはそうじゃないの?」
「そうだね」
と、マクギリスが答える。
「マッキーが口説いたの?」
どすんと音を立てて、三日月と反対側のマクギリスの隣の席にヤマギ・ギルマトンが座った。
「それ、聞きたいです」
お店の子にグラスを要求し、ボトルからウィスキーをどぼどぼ注ぐ。横からマクギリスが手を伸ばし、大きめの氷を何個かトングで突っ込んで酒を薄めた。
「聞かせてください。馴れ初めはなんですか? あ、口は固いです」
ぐいっとグラスを煽ってから、ヤマギは凄んだ。ヤマギが先程まで座っていたソファ席では、シノがテーブルに突っ伏していた。指を指して笑うユージンの言葉の端から、酔い潰れたのではないことがわかる。
「殴っただけです。酔ったふりしてキスしようとしてくるから」
ヤマギは無口だが、感情はわりとわかりやすい。酒のせいもあるだろうが、顔も赤かった。
「なに、役と現実を混同してるんだか。大体今まで全然関心もなかったくせに、ちょっと俺に好かれてる役演じたら急にその気になって。馬鹿じゃない?」
早口でブツブツ言う。
「で。どうぞ。話してください」
据わった目で見られて、マクギリスは苦笑した。
「君は彼が好きなのかい? 前から?」
「事務所の先輩なだけです! 風俗とか行くし! その話してくるし! 馬鹿なんです!」
「シノはそういうの好きなんだ。だからカノジョとかいないんだ」
三日月が補足説明してくる。
「あー、いるいる、そういうオトコ」
クダルに同情の目を向けられたヤマギは、だんっ、とグラスをカウンターに叩きつけた。
「だから別に好きじゃないですから!」
まあまあ、とマクギリスに背中を撫でられて宥められる。
「で。マッキーが口説いたの?」
なぜか三日月が食いついて離れない。ヤマギも目を光らせた。
「いや。彼と一緒。突然キスされて触られて」
ヤマギが勢いよく身を乗り出した。
「それまでどういう関係だったんですか!」
「それまで?」
うーん、とマクギリスは考える。
「共通の知人がいて、何度か顔を合わせたことがある程度で。関係と言うほどのものは」
「でもお互い好意を持っていたわけですね!」
うーん、とマクギリス。
「別に。向こうもそんな気配はなかったな」
「じゃあなぜそんなことに! いえ、あちらのことはわからないとして、じゃあファリドさんはなぜ今もあの人とつきあっているんですか!」
カウンターに肘をついて拳にした手で頭を支えたマクギリスは、うーん、とまた言った。それから思い出したように綺麗に笑った。
「私のことをすごく好きなので、つきあっているのかな」
「いやいや、それは違うっすよ。ファリドさん」
酒臭い息が、マクギリスとヤマギのあいだに無理矢理割って入った。べろんべろんに酔っているオルガだ。
「相手が自分を好きでも自分が相手を好きでなかったら、そんなの鬱陶しい気持ちの押しつけでしかないですよ。相手が自分をすごく好きだから相手を好きと思うなら、それは自分も相手をすごく好きってことなんすよ。わかります?」
酔っ払いのテンションで、オルガは一気にまくし立てた。顔は真っ赤で目は半開きだ。
「なるほど」
掠れた声を発したあと、マクギリスは席を立って一歩うしろに下がった。入れ替わるようにオルガが崩れ落ち、急に青くなり、口を手で押さえた。
「うえっぷ」
「ギャアア! おまえ! 吐くならトイレに行ってッ!」
「オルガ、大丈夫?」
「どう見ても大丈夫じゃないよ! 早くトイレに連れていってあげて!」
 なんとかしようとヤマギも立ち上がるが、なんともしようがない。大騒ぎとなったカウンターだが、既に店内はそれを凌ぐどんちゃん騒ぎだった。

カウントダウンなど誰も言い出さないまま、いつの間にか年越ししていて、そのまま初詣に行く組と帰宅組に別れて解散した。
帰宅組に混ざろうとしていたヤマギの腕を掴んで、初詣組に突っ込んだのはマクギリスだ。
「帰ります!」
「みんなもいるからいいだろう」
みんなもいるが、そこにはシノもいた。
「いってらっしゃい」
背中を押されてヤマギは送り出された。残ったのはマクギリスと三日月とオルガだが、ドアベルが鳴って、クローズドの札のかかったドアが開いた。
「遅いよ」
「はあ? おまえを迎えに来たんじゃねーよ」
前に出てきた三日月の後頭部をガエリオは叩いた。カウンター席に座っていたマクギリスが立ち上がってコートに袖を通し、ソファに転がるオルガに目をやる。
「三日月。背負えるか?」
頷くと三日月はオルガを米俵のように担いだ。
「また来るよ」
「えー」
クダルが強者どもの夢のあとのような店内を見渡し、
「まあねえ。あんた払いがいいしねえ。今年もご贔屓に」
と、手を振った。
がらんとした真夜中の大通りの路肩に、ガエリオは愛車である紫色のジャガーを停めてあった。
「シートに吐くなよ」
運転席でシートベルトを締めながら、ガエリオはミラーで後部座席の三日月とオルガを確認する。マクギリスは助手席だ。
「だって、オルガ」
「う、ミカ、気持ち悪い」
「言ってる端から! ビニール袋! ちゃんと受けろ! 三日月!」
ガエリオは別の仕事で遠出していて、ちょうど家に帰り着いたところに、迎えに来てくれとマクギリスから電話があった。
外でふたりでいるところを見られるわけにはいかないので、そんなことを頼まれたこともしたこともないが、三日月ともうひとりいるから、どうとでも言い訳が立つということだった。車を拾えないのは、そのもうひとりのせいだったわけだが。
「うち連れてく気か?」
「あれをひとりの部屋に返せないだろう」
窓を開けて車が走り出すと、さらに気持ち悪くなったらしいオルガは、激しく嘔吐している。
「あー、だな」
どうせマクギリスが一度決めたことを変えることはないので、ガエリオは諦めた。
「オルガは俺の部屋に連れてくから」
アパートの駐車場で車を降りると、三日月は再びオルガを担いだ。
「ちょっと待て。三日月」
ドアをロックしたガエリオが止める。
「なに」
「意識のない相手になにかするのは犯罪だからな」
「そうなの?」
「そ う だ」
三日月は肩のオルガを眺めた。
「オルガ。俺のこと好き?」
「おー、ミカー。好きだぞー」
三日月はガエリオに向き直った。
「合意の上」
「貸せ。こっちで預かる」
ガエリオにオルガを取られて、三日月は、チッ、と舌打ちした。
客が来る前提がないので五階には客間がなく、オルガはソファに寝かされた。
「いいのか? うちに連れてきて」
「おまえが言うな」
「そうだな」
風呂に入ってガウンを着たマクギリスが、ベッドに腰かけて声を立てて笑った。そのまま仰向けに倒れるので、ガエリオはその上に寝間着を放り投げる。
「ちゃんと着替えてから寝ろよ」
「はいはい」
マクギリスはセーターを脱いでいるガエリオを、寝たまま横目で見た。
「俺たちはなにがきっかけでつきあいだしたんだった?」
「はあ?」
白い解禁シャツの袖のボタンをはずしながら、ガエリオは間の抜けた声を返した。
「キスしてきたな。確か。それから無茶苦茶触られた」
「そのあとおまえに押し倒されたんだよ」
半分閉じかけていたマクギリスの目が開いた。
「そうだったかな」
「いやいや、普通忘れんだろ。これだけ煽っておいてそのままか、とか言ったんだよ、おまえが!」
本気でピンと来ない様子のマクギリスはゆっくり起き上がると、前髪を触りながら考え出した。
「あれはどこか外だったような気がするが」
「そうだな。屋外じゃないが外と言えば外だな。劇団の稽古場の隣の空き部屋だったから」
ああ、とマクギリスは手を打った。
「思い出した」
「あ、そう」
ガエリオはおもむろにマクギリスに近づくと、手のひらで前髪を掻き上げるようにして額を撫でた。
「おまえ。結構飲んでるだろ」
「どうだろう」
笑う顔にいつものひんやりするものがない。ガエリオは大きく息を吐いた。
「寝ろ。酔っ払い」
「着替えてない」
「あー、もう、そのままでいい」
布団を剥いでなかに押し込むと、
「寝ていいのか? 明日は仕事がないのに?」
艶っぽい視線を向けられて、人差し指でシャツの上から腕を撫でられた。
思い起こせば最初のときもこういう感じでなだれ込んだ。つまりこういうことをされるとゾクゾクする。寝室の向こうのリビングで寝ているのがいるなと思ったが、まあ起きてはこないだろう。
 舌を絡めながらガウンのあいだに手を差し込むと、掠れた声が漏れる。伸ばしてきた腕に引き寄せられ、跡がつかないぎりぎりの強さで首筋に噛みつかれているあいだに、太腿の内側を撫でた。
「今日のあれはよかったな」
「なに?」
「助手席におまえが乗ってるの」
「ふうん?」
「おまえと外に出られるようになったら、遠出したいよな」
「ドライブは別に好きじゃない」
「俺の趣味につきあおうって気はないのか」
 耳のうしろに唇を押しあてて囁くと、マクギリスのからだが震えた。
「声抑えろよ」
「無理言うな」
「努力しろ」
 ふざけたつもりで口を手で覆うと、手のひらを舐められた。手を掴まれて一本ずつ指を舐められ、思いがけずゾクリとする。
「挿れたい」
「どうぞ」
 マクギリスはからだを起こして、ガエリオの服を脱がせながら、露わになったところにキスをしていく。途中からキスを落とされたところにガエリオも落とし返し、互いのからだをもつれさせた。
ほかに男を抱いたことはないが、マクギリスは極上で、さらに言えば本気で情欲をぶつけて壊れない相手もほかにいない。というより、ぶつけられる相手に出会ってしまい、加減しないとならない相手では満足出来なくなった。
 足を持ち上げて指に垂らしたローションをうしろに塗り込むと、マクギリスは仰け反った。冷たいローションの感触は気持ち悪いらしいが、その感覚が嫌いでもないことをガエリオは知っていた。
一番高い声が出る瞬間、マクギリスは枕に口を押しつけた。
「大丈夫か?」
「やめるな…っ」
「やめられるか」
 これ以上は喋っていられなかった。突き上げるたび、マクギリスが頭を振る。
「口、押えろ…っ。声、抑えられな、あっ」
 それでは息が出来ないだろうと思うが、万が一にもほかの者にこんな声は聞かせたくない。再び口を手で覆うと、その途端締めつけが一層きつくなった。過剰に負荷がかかった状態のほうが、マクギリスは興奮する。
「あっ、い…っ!」
 嫌なのかいいなのか。おそらくどちらもだ。
「ガエリオ…っ」
「わかってる…!」
 互いのからだに挟まれているマクギリス自身を強く刺激すると、マクギリスはからだを震わせ、ガエリオもなかで果てた。

ガエマク

Posted by ありす南水