(7)

炎天下でのアクションシーンで相手役が何度もNGを出した。
ちょっと疲れてきたかも。
覚えていたのはそこまでだった。

「あ。生きてた」
ガエリオが病院で目覚めたとき、ベッドサイドにいたのは三日月だった。
「…? おまえ、なんで」
そう言ったつもりだったが、実際には呻き声のようなものしか口から出なかった。
「頼まれた。マスコミ来るかもだし、来れないじゃん?」
誰が、とは聞かずともわかる。
雑踏などなら気配も消せるが、病院にしかもガエリオの病室に来たりすれば、マクギリスは目立つなどというものではない。
「俺はなんで」
声が出た。
「熱中症」
「あー」
そういえばそのような症状だった。
「暑い日は外で撮影しないほうがいいと思うけど」
「監督に言ってくれ」
医師が来て診察し、ガエリオは一日入院することが決まった。
「着替えは持ってきてる」
三日月が鞄を持ち上げて見せた。
「三日月・オーガスさんですよね。テレビでいつも見ています。ボードウィンさんとはどういうご関係なんですか?」
若い看護士が興味津々の様子で聞いてくる。
「倒れてすぐに来るなんて、まさかまさか!」
「ちょっとやめてくれ。具合がさらに悪くなる。それはただの後輩だから」
それだけ言っただけで息切れするガエリオを無視して、
「私、黙ってるから! 応援してますね!」
「なにを?」
「わかってますから!」
という会話が看護士と三日月とのあいだに交わされた。医師と看護士が退出したあと三日月は言った。
「言っとくけどこれ用意したのマッキーだから。俺、あんたに興味ないから」
出て行こうと背中を向けた三日月をガエリオは止めた。
「あいつ、心配してたか」
三日月はゆっくり振り返った。
「無茶苦茶怒ってた」
「…え?」
「明日帰るんなら覚悟しといたほうがいいと思う」
いつもの嫌がらせ的な軽口だと思いたかったが、軽口で返せないものを感じ取ってガエリオは起き上がろうとした。点滴のチューブが邪魔だ。
「…帰る」
「なに子どもみたいなこと言ってんの。ちゃんと元気になって戻らないと殺されるよ?」
「…そんなに怒ってるのなら、しばらく入院していよう」
「どうぞ。帰るとこなくなってるかもだけど」
頭を抱えたガエリオを、三日月が少しだけ気の毒そうに見た。

真夜中。
ふと目を開けると人影があった。
「わっ!」
ここは病院で怪談には事欠かないはずだ。そういった体験の一切ないガエリオだが遂に…! とちょっと期待したが、
「ご挨拶だな」
マクギリスだった。白っぽいシャツとグレーのズボンが暗闇に浮かび上がってる。
「おまえ、なんで」
「暗闇に乗じて」
慌ててからだを起こし、ベッドサイドの明かりをつけた。
「俺は朝仕事に行くから。二週間帰らない」
「あ、そうだったな」
忘れていた。
「よくなるまで入院していろ」
「いや、もう元気」
氷のような目で睨まれてガエリオは口を閉じた。
怒ってる。
感情の起伏が激しいのはガエリオのほうで、マクギリスは大体いつも低めの一定温度なのだが、何年も一緒にいると不機嫌になられたくらいのことはある。それでもこんなにはっきりと、怒りが表されているのは初めてかもしれない。
「熱中症というのは。命を落とすこともあるのだが」
「あー、らしいな」
「健康管理は役者の仕事のうちだな」
次の言葉がない。
待てどもない。
「あー。心配かけて悪かった」
急にマクギリスが動いたのでキスでもされるのかと思えば、頬を思い切りつままれた。
「いたたたたたっ! てかおまえ! 役者の顔!」
もう片方もつままれた。
「痛いって! ごめんなさい!」
気がすんだのか、顔が近づいてきてキスされた。
 あ、なるほど、と思い当たる。どうやら心配で怒っていたらしい。
可愛いヤツ。と思うが、さすがに態度に出せばどうなるかわかるので背中に腕をまわして抱きしめた。
マクギリスは二週間と言ったが、確か今度の公演は一カ月続くはずだ。途中一日だけオフがあり、ホテルで休養にあてると聞いていたが帰ってくるつもりなのか。
「ところでおまえ、こんな時間にどうやって入ってきたんだ?」
「入れてもらった」
誰に? と聞く前にそっと病室のドアが開いた。
「あの。そろそろいいですか? 通用口、私のIDでないと開けられないので」
当直らしい看護士が顔を覗かせると、マクギリスはガエリオの肩を押して離れた。
「すみません。見回りの時間とかあって」
「構わない。配慮してくれてありがとう」
「いえ、そんな。私、誰にも言いませんので。あの、応援してます」
そんな言葉は昼間も聞いたがちょっと様子が違う。ガエリオも人気稼業なので女の子にのぼせられることはあるし、そう仕向けることも出来るが、彼女は完全に心酔する者の表情だった。
「おまえ、なにしたの」
「お願いしただけさ。誰にも見られずここに来たいって」
「…へー」
他人の口約束などあてにならないものだが、彼女は大丈夫そうだった。元々マクギリスのファンであるとか、そういう都合のいいことはまずないだろう。
どんなふうに頼んだらこんなふうになるのか、と思いつつ、それ以上は聞かないことにした。

ガエマク

Posted by ありす南水