極大テレポートで薫が元の世界に帰る途中にアンリミ世界の少佐に会う話
明石薫は夜空に浮いた状態のまま、目をぱちくりさせた。
「あれ? 京介? あれ?」
「やあ、クィーン。いい夜だね」
二階のベランダから手を振る兵部京介は、彼女の知る兵部少佐とは少し違う。薫は辺りをきょろきょろ見渡した。
「あたしだけ? 迷っちゃった?」
「こんばんは。違う世界の僕のクィーン」
兵部は学生服のポケットから手を出して、恭しく礼をした。
「あたしが違う世界から来たってわかるの?」
「もちろん。君のことならなんでもわかるよ」
薫は少し頬を赤らめると、ふうんと呟いた。
「京介はどこの世界でもみんな京介だね」
「そんなにいろんな世界の僕に会ったの?」
「うん。会ったよ。女の子の京介とか、会ってないけど女の子の京介とか」
兵部は眉根を寄せた。
「なんで女の子」
「あはは。なんでだろ」
後ろ手を組んで前かがみになり、薫はふわりと兵部に近づいた。
「うん。こっちの京介は小麦粉じゃなさそう」
「小麦粉?」
「うちの京介は今、小麦粉になったり、人工心臓埋め込んだり、いろいろ大変なんだ」
「へ、へえ」
口の端を引きつらせた兵部に、薫は目を細める。
「京介は穏やかな顔してるね。よかった」
「穏やか? 僕が?」
薫は歯を見せて笑った。
「そう見えるよ? あ、もう時間みたい」
薫の周囲の夜空が霞み始める。
「じゃあね、こっちの京介。いろんな世界の私たちの幸せはきっとつながっているから、こっちの京介も幸せだったらきっとうちの京介にも影響があるよ。私たちの戦いはまだまだ続くから、京介はお幸せに」
「なんだよ、それ。連載漫画の打ち切りか」
兵部が苦笑しているあいだに、霞は光となって薫を包んだ。
ほかのチルドレンたちの声だけが聞こえる。
「あ、いたいた、薫ちゃん」
「もう、急にいなくならんといてえや」
「薫ちゃん、心配しましたー」
「ごっめーん、みんなー」
賑やかな声と共に薫の姿は夜空に消えた。
「しょうさー。アンディがごはんの用意ができたから食堂に来てって」
ユウギリが階段を駆け上がりベランダに入ってきた。手すりに手をかけ空を見上げている兵部を見て首を傾げた。
「少佐?」
兵部はゆっくり振り返り、ユウギリの頭を撫でた。
「なんでもないよ。それより今日のディナーのメニューはなんだい?」
「えっへっへー。まだ内緒。アンディと一緒に今日のためにずっと考えて、練習もいっぱいしたんだよ」
「それは楽しみだ」
ユウギリの背に手を当てて、兵部は食堂に向かうため歩き出した。
2019年7月28日 LEVEL♾ OSAKA2 ペーパー