そして友達

「是非、貴公の意見を聞きたい」
眦を吊り上げたソーマ・ピーリスを前にして、ティエリア・アーデは珍しくうろたえた。
「意見と言われても…」
ソーマは直立不動の姿勢のままティエリアを睨み続ける。
「事情は今説明したとおりだ。
そこから導き出される貴公の意見を、率直に私に語ってもらいたい」
ここはトレミー内のプライベートルームの空き室だ。
操舵に関してティエリアから引継ぎを受けていたソーマが、誰にも聞かれないところで話がしたい、と言ったので、連れてきたのだ。
案の定話とはアレルヤに関することだった。
ティエリアはほとんどソーマ、というかマリー・パーファシーと話をしたことがなく、それはアレルヤが彼女にべったりだったからで、従ってアレルヤとも最近個人的に接してはいない。
マリーがソーマの人格に代わったことで、アレルヤと揉めているのは知っているが、その他諸々の難題を抱えているティエリアとしては、やや遠い問題だった。
ソーマほどではないが、ぴんと背筋を伸ばしたティエリアは視線を泳がせた。
「率直にと言われても…」
困る。
「説明の仕方が悪かったなら、もう一度言う」
「いや…理解はしている」
ティエリアは額に手をあてた。
かつてロックオンと話をしているとき、彼もよくこういうポーズをとっていた。
ソーマの説明は説明と言うより報告で、実に的確だった。
要するにアレルヤがうざい、しかしうざいながらにどうにも気になる、という内容だ。
「先ほど、あいつが初めて私をソーマ・ピーリスと呼んだとき、私の心拍数は上がった。
一瞬だが確かに上がったと、私は認識した」
大真面目にそんなことを言うソーマを、ティエリアは彼の精一杯の人間臭い表情で眺めた。
「ひょっとして私は、なにかの病気なのだろうか?」
どうやら本気でそう思っているらしいソーマに、自分より俗世に疎い人間に初めて出会った…、とティエリアは思った。
「それは君が、アレルヤ・ハプティズムに好感を持った結果の反応では」
「違うっ! それだけは断じて違うっ!」
今にも掴みかからんばかりの勢いで、ソーマは否定する。
「違うのか?」
「ありえないっ!」
そうか、とティエリアはもう一度視線を彷徨わせた。
否定している相手に、なにを言っても頑なになるだけだ。
これまで頑なになる側一筋で来たティエリアにはよくわかる。
「大体あいつはマリー・パーファシーだけが大事なんだ。
私など消えてしまえばいいと思っている」
「そんなことは」
あるのかないのか、ティエリアにはよくわからない。
同じ肉体を持つとはいえ、ふたりは違う人格だ。
なので、ソーマ・ピーリスには別の方向から、建設的な提案をした。
「そういう相談事は僕ではなく、ほかの誰かにしたほうがいい」
「誰かとは?」
「フェルト・グレイスとか」
「気まずい」
「ミレイナ・ヴァスティ」
「会話にならない」
「スメラギ・李…」
「忙しそうだ」
僕も非常に忙しいんだが。
ティエリアはそう思ったが、生真面目な顔を一時も崩さないソーマには言い難かった。
ソーマは、ふと気づいたというように口篭る。
「迷惑だったな。すまない」
「いや、そういう意味ではなくて」
人に個人的な相談事を持ちかけられたのは初めてだ。
悪い気分ではなかった。
「たぶん僕ではなんの解決案も提示出来ないが。
話を聞くだけでよければ」
解決案を提示出来ない、で失望をあらわにしたソーマは、話を聞く、というところで微かに笑った。
ソーマはプトレマイオスのなかで浮いている。
マリーもそうだったが、彼女にはアレルヤの大切な人、というポジションがあった。
友達、という言葉がティエリアの頭をかすめ、その陳腐さに顔には出さずに苦笑した。
だが人にはそういう存在も必要だ。
家族、恋人、仲間。そして友達。

Posted by ありす南水