惚れては駄目です

ひとりでデータチェックをしていると、合図もなしに扉が開いた。
「ティエリア! どういうことっ!」
モニター以外のあかりを落としていたので、突然通路からの光が入ってきて、ティエリア・アーデは顔をしかめた。
「騒がしいな、ミレイナ・ヴァスティ」
「騒がしくするもんっ! どうしてっ!? どうしてミレイナはトレミーに乗っちゃいけないのっ!?」
「そのことか」
用件はわかっていたが、ティエリアはわざとらしくどうでもいいことのように振舞った。
「ティエリアが反対したから、ミレイナは乗れないって!」
「ああ、そうだ。そして僕が賛成しなければ、乗艦許可は下りない」
外していた眼鏡をかけながら、椅子をミレイナのほうに回転させた。
「君はプトレマイオスのクルーとしてふさわしくない」
ティエリアが端的に自分の意見を言うのはいつものことだが、ミレイナに対しては初めてだった。
天真爛漫という言葉がぴったりの少女に対し、ティエリアはいつも優しかったので、 ミレイナの瞳には見る見るうちに大粒の涙が盛り上がった。
「ミ、ミレイナは、ふさわしくなくなんかないもんっ!」
「幼すぎる」
「でで、でも、大人の人に負けないくらい、ちゃんとやれるっ! やってるっ!」
実際彼女は両親を手伝って、プトレマイオスⅡと新しいガンダムの製造に携わってきた。
「トレミーのクルーに、ミレイナはなるぅ…っ」
「なれない」
13歳の少女にこんなふうに泣かれれば、大概折れてしまいそうなものだが、ティエリアはまったく怯まなかった。
「パ、パパはなってもいいって言ったぁ。ママも、いいって言ったぁ」
「イアンとリンダが許可しても、僕は認めない」
「ティエリアの意地悪っ…」
「そういう問題ではない。そもそもそんな駄々っ子みたいな喋り方しか出来ないくせに、戦艦に乗ろうだなんて十年早い。
さあ、わかったら出て行ってくれ。二時間以内にチェックを終わらせないとならないんだ」
「ティエリアの馬鹿ーーーーーーっっっ!  だいっきらいーーーーーーっっっ!」
ミレイナは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、捨て台詞を残して走り去った。

残されたティエリアは再び暗くなった室内で椅子を元の位置に戻し、モニターに集中しようとしたが失敗した。
動揺している。
自分の状態をそう判断して、戸惑った。
「休憩しない? ティエリア」
コーヒーを持ったフェルト・グレイスが姿を現し、明かりをつけた。
「ああ…」
忙しいのだが、と言いかけて、気分を変えなければ作業の効率を下げるだけだと思い直し、コーヒーを受け取った。
距離が狭まり、フェルトは小さく笑った。
「言われちゃったね、ミレイナに」
「聞いていたのか」
「聞いちゃった」
悪戯っぽく肩を竦めると、フェルトは壁際に寄った。
「僕は間違っていない。ミレイナは戦場に出るには幼すぎる」
「私も4年前は14だったよ」
「君はもっと落ち着いていた」
ティエリアが僅かに疚しそうな顔をしたのを、フェルトは見逃さなかった。
「ミレイナを戦場に出したくないんだ」
ティエリアは口をつぐんだ。
「ソレスタルビーイングで育った子どもにとって、戦うのは当たり前、とは言わないけど、 今はもうこんな状況だし、どこにいるのが安全だ、なんて言えないよ?」
だからミレイナの父も母も娘が前線に出ることを認めたのだ。
だが、とティエリアは顔を上げる。
「それでもトレミーは安全ではない」
だからと言って人手が足りていない現状で、優秀で即戦力となることは間違いのない人材を、年齢を理由に乗艦させないのは、ティエリアの立場としてはおかしいのだが。
「ティエリア」
フェルトは静かに名を呼んだ。
「…わかっている」
拗ねたように横を向いたティエリアに、フェルトははっきりと微笑んだ。

翌日、データチェックを終えてから睡眠を取ったティエリアの元に、ミレイナがやってきた。
「こんにちはです、アーデさん」
「ア…?」
そんな呼び方をされたことのないティエリアは面食らった。
場所が食堂であったため、ほかのメンバーも聞き耳を立てている。
ミレイナはすっくとティエリアの前に立った。
「ミレイナはこれからアーデさんのことをそう呼ぶです。
そしてアーデさんにミレイナが一人前のオペレータでメカニックであることを、認めさせるです。
ぎゃふんて言わせてあげるです。
そのとき惚れてももう遅いです」
「ほ…?」
ティエリアが絶句するところなど、滅多に見られるものではない。
言いたいことだけ言って颯爽と踵を返したミレイナを、ティエリアは呆然と見送った。
「この勝負、ミレイナの勝ちだな」
フォークを持ったラッセ・アイオンが呟いた。

Posted by ありす南水