一年の計はお正月にあるらしい
新年一番最初の電話は意外な相手からだった。
「来てくれ、ロックオン。今すぐに」
カワイコちゃんからの要請だが、性別不詳の色気ゼロであるところが、今年の運勢を表しているようで微妙だ。
正月二日の静かな住宅街を車で走って、マンションに到着した。
ロックオンの思考内では通称カワイコちゃんで通っている、ティエリア・アーデの住居だ。
「ロックオン、よく来てくれた!」
秋の初めに知り合って以来、嫌な顔をされるのが常で、歓迎などされたことがない。
一瞬尻込みしかけたのを察せられたのか、腕を引っ張られてなかに引きずり込まれた。
音もなく忍び寄っていた刹那がドアを閉める。
「よく来た。ロックオン・ストラトス」
「よう、刹那。あけましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしく頼む」
「おう。ティエリアも」
「年が変わったことがなぜそんなにめでたい」
「そりゃまあ気持ちの問題とか」
ふうん、とでも言いたげな目をして、結局ティエリアは新年の挨拶をしなかった。
「こっちだ」
腕をぐいぐい引っ張られて、リビングに連れて行かれる。
既に予感はしていた。
匂いがプンプンしていたからだ。
所謂、アルコールの。
「あらあ、ロックオン。あけおめーことよろーっ!」
若干古い表現で、陽気な声がロックオンを出迎えた。
「あー、おめっとさん…」
そのあとなにを言っていいのか困った。
リビングに置かれたこたつの周りにはありとあらゆる種類の酒瓶酒缶が転がっている。
隅のほうにパンパンに膨れ上がった缶ビン専用ゴミ袋が三つほどあり、片付けが追いつかない状態であることが察せられた。
「もしかして、クリスマスからずっと…」
恐るべき疑念を口にした途端、遮るようにティエリアの横顔が髪を揺らせて動いた。
「スメラギ・李・ノリエガ。飲み友達を連れてきたぞ!」
「え?」
「これで僕らが練習に行っても寂しくないな!」
「え?」
この家に来てから、すごい力でロックオンの腕は掴まれたままだ。
一瞬たりとも気を抜けば、逃げられるとでも言うように。
「いーわよぉ。行ってらっしゃーい。ロックオーン。心行くまで飲みましょうねー。新年のおいわーい」
なにが楽しいのか、けらけらとスメラギは笑う。
からだが勝手にこたつに向かって進む、と思えば、刹那がロックオンの背中を押していた。
ロックオンは、ティエリアに腕を組むように、刹那に背中に抱きつかれるようにされて、こたつの前に座らされた。
重石のように刹那がさらにロックオンの肩の上にのしかかり、ティエリアが缶ビールのプルタブを引き上げた。
がっ、と缶を口に押し付けられる。
暴れると歯が折れる。
ロックオンの喉にビールが流れ込んできた。
「飲んだな」
「ああ、飲んだ」
「お、おい。おまえら」
「これで車にはもう乗れない」
「ゆっくりしていけ。ロックオン・ストラトス」
なんというナイスフォーメーション。
よくよく見るとふたりとも目の下にうっすら隈が出来ていて、憔悴しきっている。
それはそうだろう。
狂乱のクリスマスパーティの勢いを保ったままのスメラギと、年末年始ずっと過ごしていたのならば。
「スメラギ・李・ノリエガをあなたの部屋にお持ち帰りしてくれれば嬉しいが、そこまでは期待しない」
目の据わったティエリアに、ロックオンは引き攣り笑いを浮かべた。
「おいおい。意味わかって言ってんの」
ポンポンと刹那に肩を叩かれては、もう笑うしかない。
スメラギ姐さんはミニスカートで立膝だが、女に不自由した経験のないロックオンには、あまりにもダイレクトすぎてロマンがなかった。
「練習初めかぁ。写真撮りたかったんだけどなぁ」
「行くぞ、刹那」
「ああ」
すっくと立った少年ふたりは、振り返らずにリンクへと向かった。
そこでようやく気づいたが、ティエリアはピンクのカーディガンを着ていた。
「ロックオーン。飲むわよー」
飲む前から頭痛がするのはなぜだろうと、ロックオンは思った。