一緒に暮らそう(原型)
刹那が旅立ったあと、ぼろくて広い家にロックオンとティエリアだけが残った。
ここは孤児院だった。
終わらない戦争が生み出す親を失った子どもたちのために、マリナ・イスマイールが私有地を開放したのが始まりだ。
ロックオンはそこに迷い込んできたヤクザ者で、マリナが去るときここを任された。
やがて戦争は終わり、孤児は増えなくなった。
成長した子どもがひとりふたりと巣立っていき、今日刹那が出て行った。
ロックオンががらんとした遊戯室を眺めていると、ティエリアがやってきた。
「お茶の時間です」
この家が子どもたちで溢れていた頃、この時間はおやつの時間で、子どもがいなくなるとお茶の時間になった。
食堂に移動して、横に長い大きなテーブルの端に、ふたりで向かい合って座る。
本当はロックオンの当番の日だったが、忘れてしまっていたので、ティエリアがハーブティーをいれる。
「どうぞ」
「どうも」
哲学書でも読んでいるような顔でお茶を飲むティエリアを、ロックオンは自分もカップに口をつけながら見つめた。
ティエリアがここに来たのは十年ほど前だ。
戦火がすぐ近くまで迫ってきている一番緊迫した時期に、刹那と一緒に戦場となった町から逃げてきた。
ふたりがしっかりと手をつないで、最初に自分の前に立って見上げてきた日のことを、ロックオンは今でもよく覚えている。
ふたりとも燃えるような目をしていて、そして汚かった。
刹那も汚かったが、ティエリアはもっと汚かった。
だいぶ経ってから警戒を解いたティエリアがからだを洗うことに同意して、ロックオンが風呂に入れた。
そうしたら女の子だったと判明して、ようやくわざと汚していたのだとわかった。
こびりついていた泥と煤と垢を落としたあとに出てきたのは、白皙の美貌だったからだ。
それからティエリアはすくすくと成長したが、女の服は絶対着ないし、いつの頃からか矯正の必要がないのに眼鏡をかけだして、ぱっと見男か女かわからない有様だ。
「おまえさ」
カップに口をつけたまま、ロックオンは話し出した。
「ずっとここにいるつもりか? したいことがあるなら、刹那のように出て行けばいいんだぞ」
勿論、好きなときに帰ってくればいいから。
ティエリアは少し釣り上がった大きな目で、ロックオンを見た。
本人は睨んでいるつもりはないのだろうが、生真面目さと真剣さが重なるとそういう印象になり、承知しているロックオンは気にしない。
ティエリアはにこりともせず言った。
「僕はずっとここにいます。
あなたが寂しくないように」
ロックオンが驚いて息を飲んだのがお気に召したのか召さなかったのか、ティエリアはまた難しい顔をしてお茶を飲み始めた。
ロックオンもなんでもない顔に戻ってお茶に集中するふりをしながら、必死に考えた。
ティエリアは今いくつで、自分といくつ年が離れていたか。
そしてそれがまあ、自分内では犯罪ではないくらいであることを確かめてから、もう一度ティエリアに呼びかけた。
「ひとつ提案があるんだが」
「なんです」
ロックオンは手を伸ばして、ティエリアの頬に指先を触れさせた。
「これからは自分のことは 私 って言おうぜ」
ティエリアは一番最初、刹那の真似をしていたのか、自分のことを 俺 と言っていたが、女の子であることが知れてからは 僕 に変わった。
それからずっと 僕 だ。
しばし真剣な顔で思案してから、ティエリアは頷いた。
「承知した」
こりゃたぶん無理だな、と思いながら、ロックオンは笑った。
「ああ、頼むぜ」