(5)

この町への侵攻が始まると、噂が広がった。
 逃げ出せる者はとっくに逃げ出して、残るしかない者ばかりが残っている町だ。捨て鉢になって暴れたり、この機に乗じる悪党が増えた。
マリナは銃を嫌うが、現実問題として子どもが大勢いることが知られている家で、威嚇がなくては襲ってくれと言っているようなものだ。ロックオンは鍵付きの保管庫にしまっておいた、ライフルを取り出した。
 刹那はロックオンが普段持っている銃を持った。持たせたわけではなく、気づくと「借りる」と持っていたのだ。扱いに慣れた手つきだった。
 マリナは血相を変えたが、刹那は譲らなかった。
「今更だ」
 それでも申し訳なさそうには俯いた。
 刹那がいるとなると、当然ティエリアがついてくる。ただし刹那はティエリアに武器を持たせるつもりはないようで、だからティエリアはただいるだけだった。
 ロックオンは好きにさせた。
 無法者ならひとりで撃退する自信があり、軍隊ならどのみち誰も助からない。
哨戒用に利用する農機具を収納するための小屋で、何日もひとりで夜通し起きているのはきついし、ふたりはロックオンが仮眠中に居眠りするようなことが決してなく、最小限の役には立った。
 夜中になると辺りは静まり返り、眠気覚ましに他愛もない話をした。
 日々のことについての話題はすぐに尽き、やがて昼間は避けているような話も口をついた。
「最初に会ったとき、ティエリアの顔がえらく汚れていたの。あれ、わざとか?」
 それぞれ反対側の壁にもたれた刹那とティエリアが、同時に頷いた。手にはシーリンから差し入れられた、温かいお茶の入ったカップが握られていた。
 ティエリアが答える。
「白いから目立つと言われた」
 誰に、と問わずともわかる。
「おまえほんとに白いからな」
「そうなのか」
「自覚ねえのかよ。じゃあ男の子のふりをしろと言ったのも刹那か?」
 ティエリアが首を傾げた。
「ふり?」
「言葉遣いのことだろう」
 刹那が補足説明すると、ティエリアは合点した。
「僕はずっと前から同じだ」
「それはまた…」
 ティエリアは育ちがいい。それは間違いないことだが、普通に豊かな家庭で育ったとは思えない、世間知らずと変わりっぷりだ。
 刹那がどういう経過を経て、ここに辿り着いたのかはなんとなく想像がつくようになっていたが、ティエリアについてはロックオンにはいまだに見当もつかなかった。
 ある夜は、ロックオンが問われた。
「あなたはこの状況が怖くないのか?」
 ティエリアが真顔だったので、声を上げて笑いそうになった。刹那が毛布を被って仮眠を取っていなければ、笑ってしまっていただろう。
それは普通ロックオンが子どもに訊くべきことだろうが、ふたりが怖がっていないことはわかっていた。
「どうなんだろうな」
「自分のことがわからないのか」
「大人になるとな」
「大人とは不便なものだな」
 そのとおりだとロックオンは思った。
「怖いって感覚はなあ」
 右側に立てかけてある、ライフルの銃身を撫でた。
「戦場でなくしたな」
「あなたは兵士だったのか?」
ティエリアが首を傾げ、ロックオンは頭を掻いた。
「これでもな。志願したんだ」
「戦争がしたかったのか?」
「家族を守ろうと思ってな」
 そうでなくても充分大きい、ティエリアの目が丸くなった。
「妻子がいたのか!」
「親兄弟だよ!」
 ティエリアの冗談など聞いたことがないし、冗談を言っているふうでもない。
 うっかり刹那を起こしてしまうくらいの声を出してしまい、慌てて床に転がる毛布に包まれたからだを見たが、身じろぎもしなかった。
 そんなことは気にも留めず、ああ、とティエリアは頷いた。
「ではその家族をほうっておいて、こんなところにいていいのか」
ロックオンは一瞬息を詰まらせた。
ティエリアはずれているくせに鋭い。
「いいのか」
 はぐらかしたいロックオンは、畳み掛けられてやむなく早口に答えた。
「従軍しているあいだに、家族のいた町が戦禍に巻き込まれた」
ロックオンは除隊して、故郷に戻った日のことを思い出した。
かつて家の一部だった瓦礫で覆われた土地の前で、呆然と立ち尽くした自分を。
 赤い瞳から視線を逸らすと、眠っていたはずの刹那と目が合った。

Posted by ありす南水