(3)
爆音。
銃声。
土埃。
身の丈に合わないマシンガンを抱えて走る。
目を開けると、汗でからだが濡れていた。
隣から声がして、からだを起こしながらそちらを見ると、隣のベッドで上半身を起こしたティエリアが、赤い目を刹那へと向けていた。
「大丈夫か」
刹那は息を吸い、それから「ああ」と答えた。
まだ夢のなかにいるようだった。
「苦しそうだった」
「心配ない。もう目が覚めた」
ティエリアはもぞもぞと動くと、腕を伸ばして刹那の頭に触れた。
「…なにをしている」
「よい夢に包まれるよう、祈っている」
刹那は黙って目を閉じた。
ほかの子ども達はぐっすり眠っている。
平穏な眠りだ。
そう離れていないところで、今も殺し合いをしていることを、知らないわけがないだろう。それでも安心していられるのは、大人に守られているからだ。
あまり頼りになりそうには思えない大人三人だが、良い人間なのかもしれない。まだ信用したわけではないが。
「ここは妙なところだ」
自分の枕に頭を戻したティエリアが、眠そうに呟いた。
「そうだな」
と、刹那は返した。
「だが布団はふかふかしていて、悪くない」
布団は昼間、ティエリアと女の子達が庭に干していた。日光に数時間当てると湿気が抜ける、ということを知らなかったティエリアは、柔らかくなった布団に驚いていた。
その様子を思い出して、刹那は口元を少しだけ緩めた。
そして再び夢を見る。
刹那は砲撃を受けて倒壊した商店の下敷きになっていた。
大きな怪我はしていないが、出口がない。
仲間とはぐれてしまったので、自力でなんとかするしかなかったが、瓦礫の隙間から外に出たのは、辛うじて手だけだった。
その手が握られた。
「生きているなら握り返せ」
子どもの声。
温かくて柔らかい手は仲間ではない。銃を扱えばこんなふうではいられない。
握り返すと、さらに強く握られた。
「僕のきょうだいになるか?」
なにを言ってるのだろうと思った。
「だったら助けてやる」
声を出そうとして粉塵を吸い込んだ。
「どうなんだ」
どうやら気の短い相手のようだ。
刹那は手に力を込めた。
「君が弟だぞ」
さらに力を込めて握り返した。
よし、と呟いたあと手が離れ、死の覚悟を決めたことが嘘のように心細くなった刹那は、すぐさまそんな自分を叱咤した。
取り囲む瓦礫の壁が揺れ、上からの仄暗い光の幅が大きくなった。
なかを覗き込んできた人影に、刹那は指示を出した。
「こっち側を広げてくれ。そうしたら這い上がる」
「わかった」
光の幅が伸びるたびに壁が揺れたが、崩れ落ちる前になんとか痩せたからだが通るほどの道が出来、外に飛び出した。
引っ張り上げてもらうために再び手をつないだので、勢いで上にいた子どもはひっくり返った。
「いたたた」
場違いにのんびりしているが、非難する響きはこもっていた。
「乱暴者だな、君は」
打ち付けたのか肩を擦りながら立ち上がる子どもを、刹那は瞬きを一回して確認した。
このへんではあまり見ない格好をしている。あまり、ではなく、まったく見ない。
ひらひらとしたそれは、神に仕えるものたちが身に着ける衣装で、最上位の特別な色、白の僧衣だった。
手が触れたところに赤い染みがつくのは、両手の指が傷ついているからだ。
瓦礫で裂けたのだろう。
肩などよりも、その手のほうがよほど痛いはずだと思ったが、そのことはなにも言わない。
子どもは刹那の前に立つと、腰に手をあててふんぞり返った。
「僕はティエリア・アーデだ。君はなんという」
「刹那・F・セイエイ」
「では刹那。約束だぞ。今から君は僕の弟だ」
一月前のその日から、刹那は兵士ではなくなった。