(2)
夜になって戻ったロックオンを、シーリンは顰め面で迎えた。
「どこで道草を食ってきたの」
真っ直ぐ帰ってきたのだが、子どもに合わせたので遅くなった。
途中ティエリアが足を引きずり出したので、リュックを前にまわして開いた背中に負おうとすると、すごい目で睨みつけられて拒否された。
「その子達は?」
シーリンにねめつけられたふたりの肩を、ロックオンは両手で前に押し出した。
「拾った」
「ここがもう定員一杯なのはわかっているわよね」
「ほっとけなかったんだよ」
ここはマリナ・イスマイールが、身寄りのない子ども達と暮らしている家だ。
「どうしたの、シーリン」
鷹揚な声と共に姿を見せたのは、マリナだ。戦争に至る前の長期の政情不安により、身分を失った特権階級の姫君。
「おかえりなさい。あら、そちらは新しい子ども達ね?」
シーリンが音こそ出さなかったが舌打ちして、ロックオンはこの機を逃すまいとふたりをさらに前に押した。
「こっちが刹那で、こっちがティエリア」
「はじめまして、刹那にティエリア。私はマリナ・イスマイール。これからよろしくね」
いつの間にか手をつないでいた刹那とティエリアは、検分するようにマリナを見つめた。
「マリナ。わかっていると思うけど、私達にはもう新たな子どもを受け入れる余裕はないのよ」
シーリンの尤もな言葉に、マリナは髪の毛の先程もうろたえなかった。
「なんとかなるわ」
「なんとかって」
マリナの主張には理屈が通っていないことが多いが、彼女の意志がぶれたことはない。そしてシーリンはそのことに弱かった。
「まったく。ただでさえ大飯喰らいがいるっていうのに」
ロックオンが睨まれる。
「女と子どもだけでは危険だと言っていたのは、あなたよ、シーリン」
マリナが決定したことに諦め、シーリンは子ども達を迎えるための用意に、奥に引っ込んだ。
ほかの子ども達は眠っている時間だ。
がらんとした食堂でロックオンと向かい合って、刹那とティエリアは夕食を取った。
こいつら、まともな食事はどのくらいぶりなのだろう、とロックオンは考えた。
少なくとも昨日今日ではないだろうが、それにしてはふたりともがっついてはいない。無論腹が減っているから食べるのは早いが、刹那はどこか用心深く、ティエリアは上品だった。
「もう遅いから、お風呂は明日ね。でもせめて頭と顔は洗ってちょうだい。ベッドが汚れるわ」
食事が終わった頃、シーリンが石鹸とタオルを持ってきて、ロックオンに差し出した。
「俺?」
「あなたが連れてきたんでしょう。責任を持ってちょうだい」
ロックオンはふたりを裏の水場に連れて行った。
「自分でやれるか?」
刹那が頷き、ティエリアがそれに倣った。
だが刹那が石鹸を泡立て、手際よく頭と顔につけるのに対し、ティエリアはうまく出来なかった。
泡が目に入り両目をぎゅっとつむるのを見て、ロックオンがタオルで顔を拭いてやると、タオルは真っ黒になった。
「おまえ、ぶきっちょさんだな。ほら、貸してみろ」
ロックオンは石鹸を取り、手のひらで泡立ててからティエリアの頭に塗った。意外にもティエリアはおとなしくしていた。
刹那が横目で見ているのを感じながら、ごしごしと頭を洗い、続いて顔に手を滑らせた。思っていたより柔らかい感触に、少しだけ手の力を緩めた。
「よっし。ちょっとのあいだ目ぇ閉じて息止めてろ」
水道の下に頭を持ってこさせて、蛇口をひねった。
本当に汚れているので、綺麗にするためには明日きちんと風呂に入れなければならないだろうが、とりあえずはましになったところで、刹那も流すように声をかけた。
「さっぱりしただろ。からだもざっと清めとくか?」
頭をすっぽり包んだタオルで拭きながら訊ねると、ティエリアはその頭を横に振った。
「けどシャツも随分濡れちまったし」
途中で言葉を切ったのは、タオルの隙間から白い肌が覗いたからだ。ロックオンはそろりとタオルを自分のほうに引き寄せた。
白皙の美貌、というものを初めて見た。
マリナ・イスマイールも絶世の美女だが、それとは少し種類が違う。この世のものではないような作り物めいた整った顔だ。
「ニール」
形のいい唇が自分の名前の形に動いて、ロックオンは驚いた。
「おまえ、なんでその名前」
「先程マリナ・イスマイールがそう呼んでいた」
「あ、ああ。そうだったな」
ロックオンは頭を掻いた。
「俺のことはロックオンと呼んでくれ。ロックオン・ストラトスだ」
マリナにも通称で呼んでほしいと言ったのだが、名前には魂が宿っているからという理由で、聞き入れられなかった。
「ロックオン」
「ああ、そうだ」
刹那が近づいてきて、自分の頭を拭いたタオルで、まだ雫の落ちているティエリアの髪を拭いた。
ティエリアより汚れのましだった刹那は、元がある程度わかっていたが、それでもすっきりするとまだ幼さの残る少年らしい顔が、ロックオンの目に可愛らしく映った。
「おまえら、やっぱり兄弟じゃないんだな」
見た目が違いすぎる。
「そうだ」
「刹那は僕の弟だ」
またもや違う答えが返ってきて、刹那とティエリアは顔を見合った。
「ティエリア」
「弟になると言った」
「…そうだな」
口を尖らせるティエリアに、刹那は許容を示した。そんな態度や甲斐甲斐しく世話を焼く姿からすると、あえて言うなら刹那のほうが兄のようだ。
建物のなかに戻ると、シーリンはふむ、とふたりを眺めた。
「とりあえずはそれでいいわ。本当はからだも拭ってほしいところだけど」
「手と足は洗ったよ」
「じゃあこれに着替えて。子ども部屋に案内するわ。もうみんな寝ているから静かにね」
照度を落とした灯りに照らされた薄暗い廊下の奥へ、刹那とティエリアはシーリンに連れられ消えていった。
翌日、マリナによって朝食の席で刹那とティエリアは紹介された。
「みんな、仲良くしてね」
はーい、と元気よく返事した子どもは全員、戦災孤児だ。最初の数人を行きがかり上マリナが預かり、それからどんどん人数が増えた。
「よく眠れたか?」
細長い食卓の端に陣取り、新聞を読んでいたロックオンの前に来たふたりに問うと、刹那は頷いたがティエリアは顔を顰めた。
「おまえ、神経質そうだもんなあ」
さらにむっと口を結ぶティエリアに、ま、すぐ慣れるさ、とロックオンは笑った。
食事が終わると、刹那とティエリアはからだを洗うようシーリンから言いつけられた。
「責任を持って綺麗にしてちょうだい」
そう命じられたのはロックオンだ。
昨日頭を洗った水場に連れて行って石鹸を渡すと、刹那はティエリアに言った。
「ティエリア。向こうを向いていろ」
「わかった」
ティエリアが背中を向けると、刹那は一気に服を脱いでバケツに溜めた水を被った。
こびりついた汚れはロックオンが拭ってやった。まだ成長しきっていないからだに、いくつも小さな傷跡があることには気づかないふりをした。
「ティエリア、もういいぞ」
古着だが清潔なシャツとズボンを身に着けた刹那は、ティエリアに声をかけた。
その時点で変だと、ロックオンは気づくべきだったが、些かのひっかかりを感じただけで終わらせてしまった。
ティエリアが水道の前に立つと、今度は刹那が背中を向けた。
もぞもぞとシャツを脱ぐティエリアは、続いてもぞもぞとズボンを脱いだ。さらに続いて下着を。
「え?」
見間違いかと、ロックオンは目をこすった。
「ええっ?」
見間違いではなかった。
「ええええっ!」
ロックオンは思わず叫んだ。
「なに大声を出しているの」
シーリンが眼鏡の位置を指で直しながら現れた。
「女だ…」
「え?」
「こいつ、女だ!」
シーリンはティエリアに近づくと、上から下までじっくり見た。
「あら、本当」
言うなり、人差し指を刹那の向いている方向に向けた。
「私が代わるわ。みすみす犯罪を誘発したくないし」
「どういう意味だ!」
だがひょろりと長い手足と細いからだは、汚れていても、むしろ汚れているからこそ目を引き付けた。
「あんたに任せるぜ…」
ロックオンが行こうとすると、ジーンズの後ろポケットのあたり、つまり尻をぎゅっと掴まれた。
「どこに行く」
「いや、おまえ女の子だから、シーリンに交代…」
「断固拒否する。あなたがからだを洗えと言ったのだから、最後まで職務を果たすべきだ」
やけに難しい言葉を知っているが、シーリンは誉めなかった。
「忙しいのだから四の五の言わないで頂戴。さっさとすませてしま」
言い終わらないうちに、腕を掴もうとしたシーリンの手が叩くようにして払いのけられた。凛とした態度にロックオンは驚きつつ見蕩れたが、シーリンが許すはずがない。
「聞こえなかったの? 手を煩わせないで頂戴と言ったのよ。大体お姫様じゃあるまいし、その年で自分のからだも洗えないなんて」
見る見るうちに、ティエリアが反発を全身で表現した。
ロックオンは気付いた。シーリンとティエリアは同じ属性の人間だ。つまり滅法気が強い。こういうふたりは同じ箱のなかに入れないに限る。
「あー、やっぱ俺がやるわ。な、ティエリア。とっととすませちまおうぜ」
ティエリアは頷いた。
「そう。じゃあ勝手になさい」
踵を返したシーリンに、ロックオンは肩を竦めた。
「あとで謝っとけよ」
そっぽを向いたティエリアの頭を、両掌で挟んで前を向かせる。
「謝るんだぞ。おまえがさっき食った朝メシ。シーリンが作ったんだぞ。昼と夜は子ども達も手伝うが、朝だけはシーリンがひとりで作ってくれるんだ。それから今脱いだシャツと寝るとき着た寝間着。あれも古いシーツで彼女が作った」
意に沿わない、と顔に書いてあるのを無視して、ロックオンはティエリアを洗った。
さっきは不意打ちで驚いたが、そうだとわかってさえいえば、この年齢なら等しく子どもだ。
ティエリアは刹那と違い、自分からはまったく動かなかった。
さっきシーリンが言っていたが、自分でからだを洗ったことがないのかもしれない、とロックオンは馬鹿なことを考えた。金持ちの子どもでも、風呂くらいひとりで入るだろう。
洗い終わると、小さくて可愛いものが出来上がり、ロックオンがみんなのところにふたりを連れて行くと、学習時間だった子ども達はざわめいた。
「オトコだったのに、オンナになった!」
最初に叫んだ子の声に押されるように、次の子が言った。
「変なの!」
ティエリアがむっとすると、刹那が手首を押さえて制した。
「相手にするな」
「なんだとー!」
「生意気だぞ、新入りのくせにー!」
相手にするなと言った刹那が、応戦する気マンマンで一歩踏み出しかけたので、ロックオンは右手で刹那、左手でティエリアの脇に手を突っ込んで、後ろに引かせた。
「仲良くやんだよ。団体生活なんだから」
「そうよ。みんな、新しいお友達とも仲良くね」
書き物をしていたマリナが、ペンを置いて立ち上がった。
「すぐ女の子の服を用意するわね」
ティエリアは半分ロックオンに隠れるようにしながら、マリナを見上げた。それから頭を否定の形に振る。
「これでいい」
「遠慮しなくていいのよ? 古着だけどスカートもワンピースもあるから」
ティエリアはまた頭を振った。
「これでいい」
「オトコオンナだから、スカートはかないんだ!」
「やーい、オトコオンナ!」
また騒ぎ出したやんちゃ坊主達に、マリナは無言で視線を向けた。すると全員ぴたりと黙る。
よろしい、と言うかわりに微笑み、マリナはティエリアに向き直った。
「あなたが着たいものを着ればいいの。だから女の子の服が着たくなったらいつでも言ってね」
神妙な顔で頷くティエリアの隣に、刹那が立った。
「マリナ・イスマイール」
「なあに?」
「世話になる」
刹那が頭を下げた。
口ぶりは偉そうだが、礼の角度は深い。ティエリアは少し躊躇したが、刹那を真似た。
「はい。仲良くしましょうね。刹那にティエリア」
ここの子どもみんなが大好きなマリナを、刹那は睨み付けた。
「じゃあ刹那はロックオンについて行って」
シーリンに割り振られ、ロックオンは自分に指を向けた。
「みんなも作業の時間よ」
はーい、と男の子達がぞろぞろと出て行く。
そのあとをロックオンが刹那と行こうとすると、ティエリアが追いかけてきた。
「ティエリアはこっちよ」
女の子に手を取られ、ティエリアは困惑した表情を浮かべた。
「私達はね、縫い物や保存食作りをするのよ」
「やったことある?」
ティエリアは頭を振った。
「教えてあげるね!」
女の子は風変わりな新入りに親切だ。
「ティエリア」
刹那の呼びかけにティエリアは顔を向けた。
「大丈夫だ」
彼女達についていっても大丈夫。ふたりが離れても大丈夫。
ティエリアも頷いた。
元は庭園だった敷地の裏側は、全面畑だ。
少しでも自給率を上げるためで、痩せた土地にともかく腹持ちする食料を、ということで主にじゃがいもが植えられていた。
無邪気で無責任な子ども達のあいだでは、ロックオンの好物だから、ということになっている。
子どもたちは各々割り当てられた作業につき、初心者の刹那にロックオンは雑草抜きから指南した。
「こんなとこにいられるかーって飛び出すかと思ったぜ」
黙々と作業する刹那の隣に、ロックオンはしゃがみこんだ。
「ここが安全であることはわかった」
「油断させといて、おまえらを売り飛ばす算段かもしれねえぞ」
「そうしたら戦う。別に信用したわけではない」
そういうことを、口にしてしまうところが子どもだ。
「ロックオン」
「なんだ」
「おまえは働かないのか」
「俺は監督係」
「そうか」
シーリンが聞けば目を吊り上げそうだったが、刹那は納得した。喋っていても、刹那の手は動いている。
「ロックオン」
「なんだ」
「ここは孤児院なのか」
「まあそんなようなもんだな」
ロックオンは大きいが古びた建物に目をやった。
「あんたは」
「俺は流れ者」
「ああ」
それだけですむのも、ロックオンとしては微妙な心持だが、文句を言うことでもない。
「俺も質問。おまえらがきょうだいになったいきさつを、教えてくれよ」
「俺があいつの弟になることを承諾した」
渋るかと思ったが、あっさりと刹那は答えた。
「きょうだいになってからどのくらい経つんだ」
「ひと月」
戦場となった町を逃げ延びてきた彼らにとっては、凝縮された時間だろう。
「そっか。きょうだいはいいよな」
刹那にもの問いたげな目を向けられ、ロックオンは口をつぐんだ。
日が真上に昇り、昼食の時間になり食堂に行った。
朝食以外の食事の用意は男の子と女の子の当番制で、ティエリアは他の子と同じ、頭に白い三角巾と腕まで覆うエプロンをつけて配膳係をしていた。
「おー、結構サマになってんじゃないか」
ロックオンに声をかけられても、ティエリアは表情を変えなかった。眉根を寄せて、口を引き結んだままだ。
「ティエリア、どうかしたのか」
刹那はシチューをよそうティエリアの前に立ったが、ティエリアは無言で、お玉から零れ落ちるシチューで縁が汚れた皿を差し出した。右手の中指、左手の人差し指に絆創膏が巻かれている。
出来ない子どもにいきなりナイフを持たせることはなく、調理で切ったのではないはずだ。
「ティエリア、その指は」
聞くな、というように顔を背けたティエリアは、給仕を終えるとそのまま食堂を出て行こうとしたが、ロックオンが止めた。
「とりあえず腹ごしらえだ」
刹那が力強く頷いたので、ティエリアは渋々刹那の隣に座った。
昼食のあと、ロックオンと刹那は午前中いっぱいをかけた、ティエリアの作業の成果と不機嫌の理由を見た。
作りたかったのはおそらく雑巾だと思われるが、まともに針が通っているところがひとつもなかった。
「まったく。運針縫いさえまともに出来ないなんて」
ほかの子が縫ったものを見せながら、シーリンが眼鏡の縁を指で上げた。
ティエリアは唇を噛み締め、屈辱に耐えていた。
まったくの初めてならばこんなものかとロックオンは思うが、それにしても平均的にはもう少しくらいはマシかもしれない。
表と裏を返す返すしげしげと見つめた刹那は、眦と共に顔を上げた。
「雑巾を作ればいいのか」
「そうよ」
シーリンに確認すると、裁縫箱から針を取り出し、一度で糸を通す。それからまだ縫われていない布を取り上げて縫い始めた。決して早くはないが、丁寧に針を進める手つきは確実だ。
「刹那も出来るのか…!」
ティエリアが呟いた。
驚愕と失意の入り混じった声に、刹那は自分の行為が、ティエリアの不器用さを際立たせただけであることを悟った。
「あ、いや、これは」
取り繕いたいようだが、うまく言葉を見つけられないようだ。案外不器用なヤツだと、ロックオンは思った。
「ま、こんなもんは練習すりゃ、誰でもある程度出来るようになるもんさ」
「…あなたも出来るのか」
「靴下の穴をかがるくらいならな。やったことがないことを、最初からうまく出来るヤツなんざいねえよ」
だろ、とロックオンが視線を向けると、シーリンは頷いた。辛口だが彼女は公平だ。
「この様子では、ほかのこともきっとほとんど出来ないのでしょうね。みっちり仕込んであげるから覚悟なさい」
自尊心は午前中に砕け散ってしまったのか、ティエリアは唇を噛んで俯いた。
その夜のことだ。
消灯後の見回りをしていたロックオンは、作業部屋から光が漏れているのに気づいた。一応ポケットに忍ばせているナイフに手を添え、なかに入った。
「おまえさんか…」
ロックオンが掲げるランタンの光に照らされ、ティエリアは目を眇めた。
「目ぇ悪くなるぞ」
机の上の蝋燭立てには、使いさしのちびた蝋燭が灯っていて、ティエリアの手には針と布があった。
「自主練か?」
糸を無駄にしないように玉を作らず、ある程度針を進めて縫い目を確認してから引き抜く、を繰り返していたようだ。生成りに点々と赤い跡があるのは、指を刺したからか。
ロックオンは椅子を引いて、ティエリアの隣に座った。
「言っただろ。焦らなくてもこんなもんは出来るようになる。それより今日一日よく働いたんだ。睡眠は貴重だろ」
取り上げようとすると、ティエリアは抵抗した。
「今日中に習得する」
はは、とロックオンは笑った。
「そりゃいくらなんでも無理だ。そのうち出来るようになるが、急には上達しない」
「してみせる」
「負けず嫌いか」
悪くはない。
「じゃあこうしようぜ。自主練は就寝時間後毎日十五分。一ヶ月続けりゃ雑巾なんざ、目を瞑っても縫えるようになる」
ティエリアは疑うようにロックオンを見た。
「本当だって」
な、と目を覗き込んだ。
本日分の十五分は過ぎていたので、寝室へ戻らせた。女の子用の寝室だ。
これがまた数十分前に大騒動だったのだが、ティエリアは刹那と一緒の部屋でなければ寝ないと言い、シーリンは男女同室など言語道断と言い放ち、ふたりのあいだに火花が散った。
結局女の子達が「刹那ならいいよ。ほかの男の子みたいに騒がないから」と迎え入れたので、女の子部屋でティエリアの隣のベッドで寝ることになった。
その刹那は、ドアの前に立っていた。
「刹那」
室内履きをぺたぺた鳴らして、ティエリアが駆け寄った。
「気は済んだか」
「明日から毎日やることにした」
「そうか」
このふたりは本当にきょうだいなのかもしれない、とロックオンは思った。
とても似ている。性質のようなものが。
ティエリアが先に寝室に入ると、刹那は振り返ってロックオンに小さく頭を下げた。