恋せよ少年
ライルはバレンタインデーが嫌いだ。
もてないわけじゃない。
毎年休憩時間ごとに呼び出され、放課後にはチョコレートが鞄に入りきれないほどになる。
ニールはその上を行くが、そんなことで負けず嫌いを発揮していては双子の弟は務まらない。
不愉快なのは、ふたりの区別がつかない馬鹿女の存在だ。
今年の二月十四日も、何人かにニールと間違われてチョコレートを渡されそうになった。
口ではきゃーきゃー言いながら、そのくせ弟と見分けもつかない女の子を、ニールが相手にするわけがない。
ところが実際にはそんな女の子にも、ニールは親切だった。
どうしてあんなふうに誰にでも分け隔てなく優しく出来るのか、ライルにはわからない。
そのニールはもういなくなっていた。
さっさと帰ったのかもしれない。
もしかしたら自分に渡そうとしている女の子がまだいるかもしれない、 と居残り続けるライルのような男子は校舎に大勢いるが、ニールにそんな必要はない。
下校時間になり、ほかの男子達同様学校を追い出されたライルは、家までの道を走っていた。
日が落ちる前に辿り着かねば母に叱られる。
近道と思い、普段は通らない空き地を突っ切ったが、思惑は外れた。
反射的に物陰に隠れたからだ。
「ニール?」
後姿は遠かったが、自分と同じフードのついた青いウールのコートを見間違えたりしない。
ニールはひとりではなかった。
また女の子か、とライルは顔を顰めた。
見たいわけではないのに、今日何度もこんな場面に遭遇した。
チョコレートを手渡す女の子と、それを受け取るニール。
けど、こんな子、うちの学校にいたっけ?
母が大事にしているビスクドールみたいな顔をしているのに、眼鏡なんかかけている。
紺のコートにピンクのマフラーを巻いていて、制服が見えないが、私立の女子校の子だろうか。
ニールは笑っていた。
相手を傷つけないよう、愛想よくしているのとは違う、本当に嬉しそうな顔だ。
それはライルの知らない顔だった。
うちに帰ると、ニールはもうリビングにいた。
「ライル、暗くなる前に戻りなさいっていつも言ってるでしょ」
母の小言を交わし、自室に向かう。
「ライルにもあげるー」
エイミーがリビングから走り出て来て、小さなリボンのついた箱を差し出した。
「ママと作ったの。ニールとライルがエイミーの本命!」
なんだそりゃ、と思いながら、ライルは妹に礼を言った。
来年ジュニアスクールに上がったら別にしてもらえる約束の部屋は、ニールと共有だ。
椅子の上に鞄を置いてコートを脱いでいると、反対側のニールの机に目が留まった。
真ん中になにか置いてある。
包装を解いて箱がむき出しになっているが、たぶんチョコレートだ。
いくつも貰ったニールが、たったひとつだけを選り分けてあることに興味を引かれ、ライルは蓋を開けた。
「え?」
なかに入っていたのは、思わず声が出てしまうくらい、不恰好な手作りチョコレートだった。
「あーっ! ライル、食うなよ!」
ニールの大声に、慌てて箱を置いた。
「食うかよっ。てか、これってほんとに食べれんの? すげー形」
確かめるように箱を手に取るニールにちょっとムカついたが、ニールはへへ、と笑った。
「だよな。でも衛生管理は万全だし、材料の品質にも問題はないから食べるのに支障はない、と言っていた」
「はあ? なに? それどういう意味?」
さあな、と笑う顔が、さっき帰り道で見た顔で、ライルはそれがあの眼鏡の子から貰ったものだと悟った。
夕食が出来たと告げる母に返事をして、ニールは大事そうにチョコレートの入った箱を引き出しに入れた。
「今日はポトテグラタンだってさ。やったね」
「芋好きなのはニールだろ。俺は別に」
ライルが言っている途中から、ニールは部屋を出ていってしまっていた。
ライルはちぇっ、と呟いた。
なんだかわからないが、またニールに先を越された気がした。