刹那は多感なお年頃
そんな約束をしてしまったのは、その場の勢いというものだ。
「子どもたちと海に行くの。
あなたも一緒にいかがかしら?」
マリナ・イスマイールからそう誘われて、どうして刹那に断れただろう。
海水浴は以前にもしたことがある。
CBの地上基地が太平洋上の孤島にあったから、マイスター四人揃って待機中などに水着になって遊んだ。
だがそれは四年前のことだ。
刹那も今や二十代。
立派な大人だ。
「みんなのあしをみせてくれ」
いきなりそう言った刹那に、みんなの視線が集まった。
「見せてくれ」
刹那は繰り返すと、返事を待たずにロックオン(兄のほう)の足を持ち上げた。
「おわっ!」
ズボンの裾を膝までめくり上げて脛をじっと見つめてから、刹那はその足を投げ出し、今度はアレルヤの足を掴んだ。
「あわわ、刹那っ?」
同じように脛を見つめて、刹那は頷いた。
ライルが問いかける。
「俺はいいのか?」
「一卵性の双子はひとり見たらもうひとりも同じだろう」
「…そういういっしょくたが一番嫌なんだよ」
ライルの呟きを無視した刹那に、ティエリアも問いかける。
「僕はいいのか」
「…おまえはいい」
それより、と刹那はティエリアのほうに手を差し出した。
「これを」
ティエリアは刹那の握るものを受け取った。
「だつもうてーぷ」
布テープ状のものと一緒に渡された取扱説明書を、ティエリアは声に出して読んだ。
「それを俺に使ってくれ」
ティエリアの背後のロックオンふたりとアレルヤが息を飲んだ。
「なぜ僕が」
「おまえならためらいなくやってくれそうだ」
刹那は手近にあったオットマンに足を乗せると、自らのズボンの裾を勢いよくめくり上げた。
おおっ! とティエリアを除く面子は思ったが、そこはそれぞれ苦労を重ねて他人の痛みがわかるゆえに、態度に出すのはこらえた。
何事につけても率直なティエリアだけが、淡々と事実を述べる。
「毛深い…」
う、と刹那が目を伏せた。
「ロックオン、なんでも見たまま口にしちゃいけないって、ティエリアに教えてあげてないの」
「こんな事態、想定してねーよ」
アレルヤとロックオン(兄のほう)がひそひそと言葉を交わす。
だが実のところ、刹那は本当に毛深かった。
多少、なんてものではない。
おそらくここに虫が迷い込んだら、出てこられないだろうというレベルだ。
「おまえ、ひょっとして、手とか胸とかもそんな感じ?」
マイスターのなかではティエリアに次いで無垢なライルが率直に尋ねると、刹那は首を横に振った。
「足…と、腹、だけだ」
「そりゃまた…」
ライルが気の毒そうに言葉を途切れさせると、ティエリアは大きく頷いた。
「そういうことなら協力しよう」
びっ、とテープを引き出したティエリアは、予告もなしに刹那の脛にそれを貼り付け、思い切りひっぺがした。
「いっ!」
べりべりべり、っと音がして、刹那の脛からテープと共に毛が剥がれた。
見ているだけの三人も、思わず身を竦めた。
「まだ残っているな」
ティエリアは息を継ぐ暇も与えず、再び、びっと引き出しぺたっと貼り付け、べりっと引きが剥がした。
「いっ!」
痛い、と最後まで言わないのは、刹那の矜持なのか単にあまりの痛さに声が出ないのか。
一切の斟酌なしに、ティエリアは一連の動作を繰り返した。
「…そういえば忘れてたけど、ティエリアってSだったよね」
「…俺見て言うなよ」
「つか、あれ、ドSだろ…」
ひそひそと交わされる言葉が耳に入っているのかどうか、ティエリアは生き生きと目を輝かせていた。
両足がすっかりつるつるになり、刹那はようやく表情を緩めた。
「か、感謝する、ティエリア」
「まだだ」
「え」
「下着を下ろせ」
にこりともしていないのに、楽しそうに見えるのはなぜなんだろう。
あまりの直接的な痛みに現実逃避した刹那は、整いすぎた仲間の顔を見上げた。
「足と腹、と言ったのは君だろう、刹那。
まだ足しかやっていない」
腹とはすなわちヘソ周辺で、ヘソ周辺とはつまりヘソより下だ。
「い、いや、そこまではいい…」
「なにを言っている。
海水パンツになるために、このようなことを依頼したのだろう。
ならば全部やらずにどうする」
そうだ、と刹那は思い出した。
自分は海パン姿になるために、なったときに見苦しい姿にならないために脱毛テープを入手したのだ。
刹那は決意した。
「…やってくれ、ティエリア」
数分後、どんな激しい戦闘のときでも上がることがなかった刹那の絶叫が、大地を揺るがした。
大型台風接近により海水浴が流れた日、刹那は男泣きに泣いた。