子豚と食卓
初めて調理したときに比べるとティエリアの腕は確実に上がっているが、いかんせん時間がかかりすぎるので、普段の料理はニールが受け持つ。
昔から厭わしいと思ったことはないが、食べさせる相手がいるとなるとむしろ楽しい時間だ。
今日のディナーはポークチャップ。
鼻歌交じりにキッチンボードの上に広げた豚肉に塩胡椒をして、ふと振り返ったニールは固まった。
子豚が、キッチンの入り口に佇んでいた。
先程リビングで、胴体とほとんど太さの変わらない首に結んでやった青いリボンが愛らしい。のは、飼い主の贔屓目だ。
「お、おまえ、なんでこんなところに…」
ティエリアと遊んでいたはずなのに。
「ぶひ?」
つぶらな瞳にじっと見つめられ、ニールはたじろいだ。
自分の斜め後ろにある肉の存在を、背中にひしひしと感じる。
逸らせたくても、絡んだ視線は解けない。
「よせよ…な? おまえがいるからって、もう豚は食べられないとか、そんなんはなしだろ?
な? インコ飼ってたら、鶏肉食べないとか、違うだろ?」
微妙にずれた例えを出しながら説得を試みるが、子豚相手に虚しい行為だ。
肉叩きが握られたままのニールの右手が、嫌な汗でじっとり湿った。
「だから、よせって…」
豚肉を買うときに、ちら、と子豚の姿が頭を掠めないこともなかったが、先に述べたような理屈で打ち消したのだ。
豚肉は安価で栄養価が高い!
だがまもなく、そんな庶民性溢れる信念は打ち砕かれた。
「ぶひ?」
「う…」
肉叩きがシンクのなかに、ことんと音を立てて落ちる。
ニールは一度項垂れてから、顔を上げた。
「オーライ。負けたよ…、おまえがいる限り、うちでは豚肉料理はなしだ」
それでいいか? と訊ねると、子豚はすとすとと近づいてきて、ニールの足にからだを擦り付けた。
今後ティエリアにどんなにお願いされても、ひよこや子牛は絶対飼わねーぞ、と、天を仰いで額にかかる前髪を払いながら、ニールは固く決意した。