Pinky
ティエリアが我侭を言うことはない。
滅多に、ではなくまったく、ない。
だから例外的なその要求を、聞いてやりたい気持ちは元ロックオン・ストラトス、ニール・ディランディにはある。
あるんだが、これはどうよ。
ニールとティエリアは、約15分のあいだ睨み合っていた。
「ティエリア、あのな」
立っているニールに対して、ティエリアは庭に肩膝をついている。
問題はその腕のなかにあるものだった。
それは小さく鼻を鳴らした。
「飼いたい」
「その生き物がなんだか、わかってるよな」
「さっきも答えた」
「おまえが本当にわかってんのか、もう一度確認してえんだよ」
口をへの字に曲げながら、ティエリアは律儀に答えた。
「子豚だ」
そう。ティエリアが今、その腕にひっしと抱いているのは、豚の子どもだった。
いくら田舎とはいえ、なぜこんなものが庭に迷い込んでくるのか、このあたりに養豚場も豚を飼育している農家もないはずなんだが、 とニールは頭を抱えたい気分だが、迷い込んできた以上現実に対応せねばならない。
「飼いたい」
それしか言えなくなっているらしいティエリアに、ニールは噛んで含めるような説得を再開した。
「あのな。ティエリア。それはたぶん食用だ。
今はちっちゃくて可愛いかもしれないが、でかくなるんだ。
おまえ、普通の豚、見たことあんのか」
「ないが、飼う」
「世話出来ねえだろ」
「出来る」
「ペットが欲しいなら、犬とか猫とか」
「これがいい」
ティエリアは梃子でも動かない覚悟らしい。
植え込みに隠れていた子豚を見つけたのはティエリアで、両腕に子豚を抱えたティエリアを見つけたニールは、本気で腰を抜かしそうになった。
ティエリアが生きたものに自分から手を触れたことなどこれまでなく、それ自体は悪いことではない。
小さな豚は確かに愛らしく、それが生真面目な表情のティエリアに抱かれているのは、微笑ましくもあったが、飼えるか、となると話は別だ。
ニールが反対すればするほど、ティエリアはぎゅーっと子豚を抱き締める腕に力を込める。
豚ねえ…
それが一般的なイメージと違い綺麗好きで匂いもなく、ペット化されてもいる、ということはニールも知っている。
ティエリアがここまで言うのだから、世話を厭う、ということはないだろう。
これってどのくらい生きるのだろうか、とニールは考えた。
ティエリアと暮らし始めて一年になるが、今のところ三ヶ月以上同じ場所にいたことはない。
だがまさか豚連れで引越しを繰り返すわけにはいかないから、飼うとなったら、ここに定住することになる。
…それも悪かないか。
どこまでも広がる青空と、お隣さんまで歩いて五分のだだっ広い田園風景を何気なさを装って見渡してから、決断した。
「飼うならよ」
ため息混じりに口を開いたニールに、ティエリアは疑り深そうに眉間に皺を寄せた。
「飽きた、とかはなしだぞ。命のあるものなんだからな」
「わかっている。 …それは、飼ってもいいということか?」
「仕方ねえ」
お手上げだ、と実際両手を広げると、ティエリアはぱあっと表情を輝かせた。
滅多に拝めない全開の笑顔だ。
「…ありがとう」
「どういたしまして。お礼はキスでしてくれたほうが嬉しいんだが」
強請ると、子豚を挟んでティエリアはニールの頬にキスをして、ニールは素早くティエリアの唇に返礼する。
晴れて「うちの子」となった子豚の頭も撫でると、また鼻を鳴らした。
後日、こいつのなにをそんなに気に入ったの、とニールに質問されたティエリアは、表情を変えずに、色、とだけ答えた。
子豚はうっすらピンク色をしていた。