赤い目
月の裏側のデブリ帯で、男は売れそうなものを探していた。
戦闘や事故で壊れた戦艦や宇宙艇のなかには金目のものがたくさん残っている。
普通の人間はそんな不吉なものには近寄らないが、男はいかれていた。
そして見つけた。
宇宙空間を漂う死体を。
朽ちた船のなかで死んだ人間を見るのは珍しくなく、それでも男がそれに目を引かれたのは、珍しい形のパイロットスーツを着ていたからだ。
自分のおんぼろの小型艇に死体を引き込んだ男は、紫色のスーツがたいして破損していないのを確認してほくそ笑んだ。
パイロットスーツのコレクターもいる。
これは高値がつくだろう。
ヘルメットの機能も生きていた。
顔を近づけて、中身が随分と綺麗な顔をした女であることにも気づく。
男は涎を垂らさんばかりに喜んだ。
男のようなはぐれ者が暮らす場所に、女は極端に少ない。
死体であってもほとんど損傷していなければ、”使う”ことが出来る。
まずは顔を拝もうと、バイザーを上げた。
白い顔がゆっくりと露になり、予想以上に美しい容貌に息を呑んだが、次の瞬間男はそのまま呼吸するのを忘れた。
女の閉じていた筈の目が開き、真っ直ぐ男を見ていた。
その瞳は血のように赤かった。
場末の酒場で立ち飲みしていると、酔っ払い同士の話が耳に入ってきた。
「そんでどうなったんだ?」
「気が変になっちまったらしいぜ、その男」
「へええ、おっかねえ。宇宙で幽霊はご勘弁だ」
ビールの小瓶を飲み干した男は、酔っ払い達ににわからないように苦笑しながら、隣に立つ連れに話しかけた。
「おまえ、怪談になっちまってるぜ」
傍らの人物は反応しない。
薄暗い室内が煙草の煙でさらに曇りよく見えないが、人形のような作り物めいた姿をしている。
眼差しは虚ろで、男のシャツの腕のあたりを掴んでようやく立っているような頼りなさだ。
もう片方の手は、カウンターの上のボトルを握ったまま動かず、ほら、と男が手を添え、水を飲ませる。
その様子を見ていた別の酔っ払いが、いきなり男の肩に手を置いて振り向かせた。
「おい、兄ちゃん。そのおにんぎょさん一晩貸しなよ」
男は特になんということもなさそうに、口の端を上げた。
「あー、これはね。そういうんじゃないんだよ」
「じゃあどういうんだよ」
酔っ払いの手が隣に伸びかけて、男の目つきが急に変わったが、その手を叩き落としたのはぼんやり立っているように見えた相手だった。
一体どうやったのか、派手にひっくり返った酔っ払いは呆然とし、それから顔をさらに赤くして怒鳴りかけたが、自分を見下ろすその目に気づいた。
瞳の色が血のように赤い。
「ぼくにさわるな」
無機質な声が告げる。
「おいおい、騒ぎを起こすなよ」
言葉とは裏腹にどこか楽しげに男は連れの肩を抱き、そのまま店を出て行った。
客同士の揉め事など珍しくない酒場では、些細な出来事に誰も関心を払わない。
もそもそと起き上がった酔っ払いは、手近なテーブルにかじりついた。
「おい、今の見たか!」
「なんだ。おまえの尻餅をか」
「違う! 赤い目の幽霊だ!」
今日の酒は格別よくまわるようだな、と他の客はひとしきり笑った。