Paradise Lost
穏やかに晴れたある日、青年は森というにはささやかな、淡い緑のなかを歩いていた。
教えられたとおり”彼”、と今でも青年は思ってしまう、その人はいた。
青年の背丈ほどの高さの枝に座り、空を見上げている。
葉のあいだから降り注ぐ光を受けて、雲を掴もうとするように伸ばされた指の先には、青い小さな鳥がとまっていた。
天上の光景のようなその姿をしばし見つめたあと名前を呼ぶと、 小鳥が飛び立ち、木の上のその人はゆっくりと青年のほうに首をめぐらせた。
ゆったりとしたズボンの上にやはりゆったりとしたワンピースを着て、腰をゆるくベルトで止めている。
以前から眼鏡がないと女性にしか見えなかったその顔が、柔らかく綻ぶ。
「元気そうだ」
「ああ、元気だ」
「それはよかった」
枝の上と下で微笑みあったあと、”彼”はふわりと草の上に降りてきた。
登ってから脱いで落としたらしい白い布製の靴を拾うと、素足に履く。
それから青年の前に立って、胸を張る。
「まだ僕のほうが背が高い」
むっとした青年の顔が面白いのか、さらに笑う。
断りもなく歩き出すのを青年が追いかけ、ふたりは歩く。
「”僕”なのか」
「ああ、そう。今は”僕”」
赤い瞳が伏せられ、またすぐ静かに輝く。
「泊まっていくのか?」
「いや…時間はあまりない」
木々の途切れた先に、小さな家があった。
窓辺のベッドには赤ん坊がふたり並んでいた。
「双子の家系かな」
と、男が笑う。
「抱かせてやる。可愛いから」
おむつを替える手伝いもしなかった”彼”は、ひとりをぞんざいに抱えて青年に差し出し、苦笑する男は抱き方を指南する。
ぎこちない腕のなかでも、赤ん坊は機嫌よくしていた。
ふと見ると”彼”がもうひとりを木の枝でも持つように抱えていて、あれに慣れているなら大概のことは平気だろうと青年は思う。
「可愛いな」
「ひとりやろうか」
真顔で提案されて、思わず男のほうを見ると、片手を否定の形で振られた。
「いや、やらねえから」
”彼”は不服そうに男を睨んだが、無論取り合ってもらえるはずもない。
「刹那にあげたかったのに」
どういう思考の果てに辿り着いた呟きなのか、心底残念そうな様子だった。