On the beach , Between the sheets
「用意出来たか、ティ」
エリア、と続けようとして振り向いたロックオンは絶句した。
「用意は出来た」
胸を張ったティエリアは、確かにきっちり身支度を整えている。
それはもうきっちり。リゾート仕様に。
「おまえ…その格好で外に出るつもりか」
「スメラギ・李・ノリエガが用意した。変ではないはずだが」
「いや、まあ問題はない。ないんだが…」
トップスはからだにぴったり貼り付いたTシャツ。
ボトムスはデニム素材の短パン。
上はまあいい。
微妙によくないのだが、まあいい。
問題は下だ。
短パンにもいろいろあるが、これは本当にギリギリ、うっかりすると下着が見えそうな長さ、いや、短さ。
「ビーチではこのくらいが目立たないと言われた」
「……」
ティエリアが危惧する、ソレスタルビーイングの構成員に見えないか、という意味では目立たないが、別の意味で非常に目を引く。
宇宙で育ったティエリアの色の白さは、いわゆる色白と少し違う。
見慣れたつもりだったが、ロックオンは短パンからすらりと伸びた、という表現がぴったりくる足を舐めるように見てしまった。
「…なんか羽織るもんとかないのか」
「変に隠そうとするのはかえってみっともない」
ロックオンは片手で顔を覆った。
ティエリアは元々露出の多い格好は好きではないのだ。
一体どんな暗示をかけたのか、ミス・スメラギ…
「なにをしている、ロックオン・ストラトス。時間に遅れる」
「ああ、そうだな。刹那とアレルヤが待ってるな。って、そうじゃなくてな」
今日は完全オフなのだ。
勝手に遊んでこい、という日なのだ。
次のミッションが控えているので、マイスター全員揃って、という条件付だが、暑いから地上の海は嫌だ、というティエリアを宥めすかしてのバカンスなのだ。
「なにをごちゃごちゃ言っている。行くぞ」
一度決めたら遂行あるのみのティエリアは、まったく楽しそうではないが行く気まんまんでドアノブに手をかける。
「いや、待て」
夕べあれだけ行け行けと煩かった男に静止され、短期で神経質の本領発揮で顔を歪めるティエリアの腕を掴んだ。
「その格好はダメだ。別のモン買ってやるから、それに着替えろ」
「問題ないと言ったではないか」
「俺的に問題あんだよ」
「意味がわからない」
押し問答をしているあいだも揺れ動くティエリアの足に、ロックオンの視線は釘付けだ。
色気のないビーチサンダルさえ、その足が履いていると思うと色っぽく見えてくるから始末が悪い。
「なんのトラップだ、このおみ足は。こんなもん、公衆の面前に晒せるか、勿体無い」
「あなたはどうかしている!」
「今更だろ」
後ろからティエリアの腰を抱えたロックオンは、そのままの姿勢で数歩下がってベッドに頭から倒れこんだ。
「なにをする!」
「おまえ言ってもわかんねーし。実力行使、だ」
じだばた暴れられるが、本気で抵抗しているなら体術の訓練を受けているのだから、いかに腕力の差があろうと、ロックオンもダメージを受ける。
それがないということは、暗黙の了承済み、ということでティエリアの上半身を腕で押さえ込み、片足を真っ直ぐ天井に向けて上げさせた。
「柔らかいよね、おまえのからだ」
腰が浮くほど持ち上げた足を両腕に抱きこみ、太股の裏側にかぶりついた。
「待て…っ!」
いっそ歯型をつけてやろうかと思ったが、それではなんだか間が抜けているし、 なによりせっかく芸術だか猥褻だか曖昧すぎるこの美しい足にはやはりキスマークだろう、とわけのわからない理論を頭のなかで展開させたロックオンは、 腰をばんばん叩いているティエリアの拳を意にも介さず、無駄に恭しく足に吸い付いた。
「一丁上がり」
我ながら絶妙な位置に跡をつけた、と惚れ惚れと見ていると、上半身をひねって飛び起きたティエリアに、持ち上げていた足で蹴り飛ばされた。
本気で入ったら、顔を骨折していたかもしれない勢いだ。
ロックオンは受け身を取ってベッドから転がり落ちた。
「おいおい、危ねえだろ」
「馬鹿は死なないと治らないというだろう! 一回死んでこい!」
「なんでおまえは悪態吐くのだけそんなに上手なんだ?
ちなみに馬鹿は死んでも治らないとも言うんだけどな」
「ええい、うるさいっ! 僕はもう海には行かないっ!」
「長いズボンに履き替えたらすむこったろ」
「黙れっ!」
腰をひねって片手で毛布を引っ張り上げようとする姿が、男性向け雑誌のグラビアのようだ。
言ってもティエリアはたぶんグラビアを知らないので言わないが、なんでそれがグラビアポーズかと言うと、たいていの男がそれを好きだからだ。
「やっぱ猥褻ってことで」
「はあ? 今なんと言った!?」
「気にするな、独り言だ。
じゃあ、おまえはこれから不貞寝するんだな」
「不貞寝!?」
「よしよし、じゃあ俺も責任を取って付き合ってやろう」
「は!?」
「こういうのもまたバカンスだ」
「はああ!?」
軽くパニックを起こしかけたティエリアの背をわざとらしい手つきで撫でながら、ロックオンは再びベッドに身を乗り上げた。
「待て! やっぱり海に行くっ!」
「いやいや、無理するな。人には向き不向きってのがあるもんな。俺が悪かった。おまえは一日中俺とベッドにいなさい」
「もう充分だろう!」
「夕べはこれでも跡はまずいだろ、と遠慮してたんで、多少欲求不満気味で」
「む、無茶苦茶な…っ!」
「だっておまえが悪いんだぞ? 着替えろつったときに着替えてりゃ、俺の夕べの努力も無駄にならずにすんだんだぞ?」
ぺらぺらと喋るロックオンに対し、思考がオーバーヒートしたティエリアはあまりに無力だった。
その理屈は明らかにおかしいと思っても、どうおかしいのか説明できない。
「僕は海に…っ!」
「ああ、シーツの海で泳ごうな」
「違うーっ!」
その頃ビーチで。
「来ないね…」
海パン姿のアレルヤがパラソルの下で呟いた。
「俺の勝ちだ」
麦藁帽子を被った刹那が答える。
「ちぇっ…」
財布から取り出したお札を刹那に渡しながら、アレルヤは舌打ちした。
ロックオンとティエリアが約束どおりビーチに来るか賭けていたのだが、軍配は来ないに賭けた刹那に上がった。
「ティエリアならロックオンを蹴っ飛ばして来ると思ったんだけどなあ」
「蹴っ飛ばされてるとは思うがな」
「…そうだね。刹那、沖まで競争しようか」
なんだかもやもやする気持ちを吹っ切ろうと、アレルヤは提案した。