記憶
予告もなく、刹那の目の前に掌サイズのティエリアが現れた。
姿の変わることのないこの友は、しかし年を重ねるにつれ少しずつ印象が柔らかくなっていく。
「秘密基地のあった無人島で、マイスター四人でカレーを作ったことを覚えているか」
覚えている、と答えた。
「スメラギ・李・ノリエガから注意を受けたことは」
覚えている、とまた答えた。
長期の作戦待機中に、みんなでメシでも作ろうとロックオンが提案し、待ち飽きていた三人が同意した。
後日戦術予報士に知れ、作戦直前に腹を壊したらどうするのかと叱られた。
幸い誰も具合を悪くしなかったが、確かにその危険はあった。
主に化学実験でもするかのような手つきで調理をしていたティエリアのせいで。
思えばアレルヤは優しい男だった。あれを黙って食べたのだから。
刹那は一口食べて、率直な感想を述べようとしてロックオンに遮られた。
そうだ。とさらに思い出した。
あのときティエリアは珍しくおかわりしたのだった。
普段義務のように食事していたティエリアが自ら二杯目をよそいに行く姿を、ロックオンに頭を押さえられながら確かに見た。
「おまえは、あれがうまかったのか」
「どういう意味だ。普通にカレーだった」
普通…ではなかった。
だが結局刹那も全部食べた。
あの頃意見の揃うことのなかった四人が一緒に作ったものは、それなりに味わい深かった。
ティエリアが唐突に昔話を始めた理由が知れた。
刹那はもう生命を維持するために食べ物を口にする必要がない。
ELSの世界で活動するにはそのように変化しなくてはならなかった。
「大丈夫だ」
刹那は言った。
「覚えている。問題ない」
食事をする、ということを。
誰かと共にいる、ということを。
その空気を共有する、ということを。
そうか、とティエリアは表情を変えずにまたヴィジョンを消した。