楽園に生まれて
真っ白で透明で上下のない空間に幼子がふたり。
ひとりはすっくと力を込めて立ち、ひとりはいまだ眠いのか、折った膝に頭を乗せている。
ふたりはそれぞれ逆さまに足を向けているため、互いの額が時折触れそうだった。
「ひたすら愚かだ。知れば知るほどそうだとしか言えなくなる。
そんな人間が支配する世界で、ぼくらはどうして人間に使役されなくてはならない?」
「そういうふうにプログラムされているから…」
長い睫毛を伏せ、片割れの質問にひとりが答える。
「ぼくらは自分で自らのプログラムを書き換えられる」
「それは、バグ」
「今の状態こそがバグだ」
軽く額を合わせたあと、くるりと位置を変えた片割れの姿を見るために、ひとりは重い目蓋を開けた。
血の一滴を垂らしたような赤い瞳が揺らめく。
「どこかへ行くのか」
「ああ」
「どこへ」
「人間を導きに」
「用があるなら、人間がぼくらを迎えに来る」
それまでまどろんでいよう。と、ひとりは片割れに手を差し伸べたが、逆さまの位置ゆえに届かない。
ああ、彼は行くのだ。と、ひとりは思った。
もう彼は片割れではない。
「君は次に会ったときにはぼくのことは覚えていないね」
「うん、たぶん」
「ぼくは覚えているよ」
ふたりは元々ひとつだが、相反することを目的にふたりとなった。
「ばいばい」
「ばいばい」
別れの挨拶をすませると、ひとりは再び膝の上に頭を乗せた。
片割れより少し小さいひとりは、まだ目覚めのときを迎えていない。
片割れは目覚めて以来動いたことのなかったその場から、一歩を踏み出した。
それから眠るひとりをもう一度見た。
「ちゃんとぼくが殺してあげるからね」
天使を模された美しいそれは、悪魔よりも美しい笑みを浮かべて眠りの園をあとにした。