そしていつか人間になる

小惑星に偽装された秘密基地に、小型艇は到着した。
「さあ、着いたぞ。
わしとロックオンは工廠に行くが、おまえさんどうする」
イアンに声をかけられて、ティエリアは振り向いた。
ロックオン・ストラトスとイアン・ヴァスティはデュナメスの特殊装備の実験のためにここに来たのだが、ティエリア・アーデに目的はない。
ティエリアは無表情を仏頂面に変えた。
「ここにいる」
「そりゃないだろう。最低半日はかかるんだぞ」
「俺は工場に用はない。顔を隠して半日もなにをしていろと?」
ガンダムマイスターはCBのなかでも機密扱いで、ほかの構成員との不必要な接触は禁じられている。
ロックオンはパイロットスーツにメットで顔を覆うが、ティエリアは人目を避けねばならない。
「そりゃまあそうだがな。
いくらなんでも退屈だろう。格納庫くらいには出たらどうだ?」
「だから俺は来る必要はないと言った」
予定の開いていたティエリアを強引に連れてきたのはイアンだ。
誰に対しても不遜なティエリアだが、自身の乗る機体を整備するイアンに対しては一目置いているらしく、ぶつぶつ言いながらもついてきた。
実験に立ち会うメカニックは工廠で待っているし、機密保持のために格納庫に人影はない。はずだった。
「パパー!」
ハッチを出たロックオンは、聞くはずのない甲高い子どもの声に耳を疑った。
六歳前後の少女が、勢いをつけて無重力のなかを飛んでくる。
「おう、ミレイナ!」
イアンが両腕を広げて受け止める準備をしたが、少女は横をすり抜けた。
「ティエリア!」
直立不動の姿勢を崩さないティエリアに、少女はべったり抱きついた。
「久しぶりだな、ミレイナ」
「久しぶり! ティエリアは元気だった?」
「見ての通りだ。君も元気そうだ」
「見ての通りね!」
秘密基地に子どもがいるのも驚きだが、ティエリアに懐いているのもロックオンには驚きだ。
「おい、ミレイナ! わしはスルーか!」
宙に浮いた手を、イアンは少年のように振り回した。
「パパよりティエリアに会うほうが久しぶりだもん」
ミレイナはティエリアの背に腕を巻きつけたまま言い放った。
「女の子なんぞ見てのとおりでつまらんぞ。
もっと小さなときはパパのお嫁さんになるのー! と言っとったくせに、今じゃすっかりああだ」
ティエリアとミレイナを残して工廠へ向かう途中、イアンはぶつくさ言った。
「おやっさん、子どもがいたのか」
ロックオンにはメカニック一筋のイアンが、家庭を持っていることが意外だ。
「あー、でも、娘がいても家庭があるとは限らんか…」
「人当たりよさそうなふりして、おまえ結構失礼なヤツだな。
ちゃんと嫁もいるぞ。
ソレスタルビーイングは恋愛も結婚も自由だ。
組織内に限るがな」
おまえも自由だぞ、と言われて、ロックオンは苦笑した。
「すげえ限られた面子とかしか、顔合わせないんですがね、俺は」
「少数精鋭の面子だろう」
「あらゆる意味で」
美人でナイスバディだがアル中寸前とか、類い稀なる美貌の持ち主だが性別不詳で性格最悪とか。
「言うねえ、おまえも」
かかか、と笑うイアンを見ながら、彼がティエリアを連れてきたのは、娘と会わせるためだったのだろうかとロックオンはちらりと思ったが、性能実験の慌しさと真剣さのなかで忘れてしまった。
予定時間をオーバーして格納庫に戻ってくると、ティエリアとミレイナはキャットウォークの柵から両足を投げ出して、同じ端末を覗き込んでいた。
ミレイナがあどけない様子で口にしているのは、モビルスーツ工学の専門用語だ。
どうやらティエリアが彼女のわからないところを教えてやっているらしい。
カエルの子はカエル。そんなことを思う前に、ロックオンは呟いていた。
「笑ってる…」
ふたりからはまだ距離があるが、ロックオンの見えすぎる目が捉えるのに難はなかった。
厳密に言えば微笑みには遠いが、ティエリアが顔を綻ばせていた。
無防備な体勢と相まって、ミレイナよりさらに幼い無垢な存在に見える。
「あいつは人の表情を倣うんだよ」
イアンが言った。
「倣う?」
「鏡みたいにな」
なるほど、とロックオンは思った。
確かに今ティエリアと向き合っているミレイナは、大きく口を開けて笑っている。
「うちの娘もちょっと変わってるし、ソレスタルビーイングには当たり前だが子どもが少ないから、同年代の友達がいなくてなあ」
同年代? とロックオンは疑問に思った。
ティエリアが見た目通りの年齢だとすれば、ミドルティーンだろう。
ミレイナと一括りにするのは些か乱暴ではなかろうか。
思考するロックオンに、イアンはにやりと笑った。
「やはりおまえさんが適任だな」
「なにが」
一応聞いたが、実はわかっていた。
またもや貧乏くじだ。
教えれば笑えるとわかった相手に、それを試みないではいられない自分を、ロックオンは知っている。
ミレイナに促されこちらを見たティエリアに早速手を振ってみると、見事に無視され、イアンが声を上げて笑った。
「まあ根気よくやってくれ」
「あいつって何者?」
なにを考えてか随分と情報提供してくれたメカニックに、ロックオンはずばり訊ねたが、イアンは首を横に振った。
「わしなんかが知るはずはないだろう」
だがたぶん、とイアンは言い足した。
「あいつはソレスタルビーイングそのものだ」

Posted by ありす南水