さよならのかわりに
宇宙に咲いたメタルの花を見ながら、スメラギはシートにもたれた。
正式に停戦が命令される少し前に、自然に戦闘は終わっていた。
戦力の大半を削がれ、全滅を覚悟したときの突然の花だ。
茫然自失となったというのが真実だろう。
カティ・マネキンからソレスタルビーイングに対して、このあと会談を設けたいと極秘通信が入った。
混乱のなかでもカティは随分と先を見ている。
モビルスーツと艦隊の残骸で埋め尽くされた前面のスクリーンを見るのをやめ、スメラギは目を閉じた。
ロックオンとアレルヤ、そしてマリー・パーファシーの無事は確認した。
サバーニャもハルートも大破したが、かげがえのない仲間はもうすぐトレミーに戻ってくるだろう。
だがクワンタはロストしたままだ。
きつく目を瞑ったスメラギの手元のモニターが、突然オンになった。
「やあ、スメラギ・李・ノリエガ。落ち込んでいるかい?」
場違いに明るい声に弾かれて、モニターを見たスメラギは息を飲んだ。
「ティエリア!」
思わず叫んだが、違うとすぐに自分で否定した。
映るのは同じ顔だが、同タイプのイノベイドだ。
リジェネと名乗った少年は、ティエリアがヴェーダにいるときと同じ背景で通信してきている。
「ティエリアから伝言だよ。僕と刹那はELSの母星に行く。
以上、伝言終わり」
途中から飽きてきたのか、だんだん口調がぞんざいになっていった。
スメラギの周りにフェルトとミレイナ、それにラッセまで寄ってきて、モニターを覗きこんだ。
「ELSの母星…」
呟いたのはフェルトだ。
それがどこにあるのかわからないが、想像もつかないほど遠いことはわかる。
「大丈夫です! セイエイさんもアーデさんも必ず帰ってくるです!」
ミレイナが叫んだ。
「ミレイナはアーデさんを待っているです!
だからグレイスさんもセイエイさんを待つです!」
理屈の通らない明るさに、フェルトのこわばった顔が綻んだ。
水を差すのはモニターの向こうの少年だ。
「無理だよ」
ミレイナが食ってかかる。
「無理じゃないです!」
「人間の命は短いんだよ。安心しなよ。ティエリアは僕が待っているからさ」
「ミレイナは、革新するから大丈夫です!」
え、とミレイナを覗く全員が思った。
「イノベイダーになったら寿命も延びるです!」
笑い飛ばすかと思ったリジェネは、なんとも言いがたい顔になった。
「まったく」
こんな連中に囲まれているから、ティエリアまでおかしくなっちゃって。
リジェネがぶつぶつ言っているあいだに、ミレイナはフェルトの手を取って、頑張りましょう! などと檄を飛ばしている。
「ティエリアの対は僕なのに」
その呟きはスメラギにしか聞こえなかった。
「とりあえず連絡したから。あーあ。ティエリアせっかく起きたのに、こんなんことになっちゃって」
リジェネがスメラギに背を向けかけた。
「待って。今ヴェーダはあのふたりと交信出来ていないのね」
「そうだよ」
「でもいずれは取れる」
「全性能を持って取ろうとしているからね。可能だろう」
「だったら、こちらにも情報をちょうだい」
リジェネがからだを捻ったまま、薄く笑った。
「組織に残るつもりかい? 役目を終えたソレスタルビーイングに」
「船長が船を下りるのは一番最後よ」
二百年かけて準備された組織だ。
解体にもそれなりの時間がかかるだろう。
スメラギはミレイナのように自分の革新を信じてはいない。
おそらく自分は過去の人間だ。
だからこそトレミーの戦術予報士たりえた。
姿勢を戻すと、リジェネは片手を腰にあてた。
「いいだろう。ティエリアがいなくなって、僕も退屈だからね。
尤も彼は寝てばかりいたから、いるときも退屈だったんだけど」
君はおしゃべりに付き合ってくれそう、とあながち皮肉でもないふうに言ってから、モニターはなにも映さなくなった。
無事回収されて格納庫にいるロックオンやアレルヤに、ミレイナが刹那とティエリアの無事を報告している。
ここにいるうちの何人が、再びふたりに会えるだろう。
だが感傷は無用だ。
刹那は為しえたのだ。そしてティエリアも。
間違えてばかりいたスメラギも、ほんの少しだけ。