人はそれをデートと呼ぶ
中途半端に時間が空いた。
「どーする、ティエリア」
食後のコーヒーのあと、ロックオンは問うた。
目の前の甘党は、ストロベリータルトの最後の一切れを口に入れる。
時間潰しにフルコースなどを注文して、必要以上にゆっくりと食べたが、それでもシャトルの搭乗時間まで三時間ある。
「映画が見たい」
フォークを皿に置いたティエリアは、伏せた目を上げた。
「映画?」
意外な提案に驚くロックオンの前に、リーフレットが差し出される。
「ここから徒歩で五分のシアターで二十分後に上映される。
上映時間は九十分」
「そっからシャトルの搭乗手続きをして…時間はちょうどいいが」
ロックオンは手にしたリーフレットを、手のなかでぱらりと動かした。
「おまえ、これを見たいの?」
ティエリアは頷いた。
「映画、好きなのか?」
「見たことがない」
じゃあなぜよりによってこれなんだろう。
「嫌なのか」
「いや、別に…」
ロックオンはチェックを持って立ち上がった。
ティエリアが見たがったのは、所謂純愛ロマンス映画だった。
主演は見た目がお人形のような、演技までお人形のようなアイドル俳優。
客は女の子が圧倒的に多く、カップルもちらほら見受けられる。
ロックオン達もそちらに見られているだろう。
正直、金を払ってまで見たいと思う内容ではなく、始まってすぐロックオンは飽きた。
そういえば遠い昔、まだ一般市民だった頃、女の子とこういう映画を見に行ったことがあるが、そのときも実は結構きつかった。
一体ティエリアはこれをどんな顔で見ているのかと横を向くと、どういう感情が込められているのかロックオンにはさっぱりわからない表情で、スクリーンを見つめていた。
「えーっ、うっそー、ティエリア、あの映画見たのーっ?」
クリスティナの声がブリッジに響いた。
明朗快活人好きのするクリスだが、ティエリアのことは明らかにとっつきにくいと思っているのが普段の態度でわかるので、今にも手を握り締めそうな距離感は珍しい。
「パンフ買った? え、うそ、買ったの? え、くれるの? ありがとーっ、ティエリアー!」
どうやらクリスはあの映画に出ていた俳優のファンらしい。
トレミーにいてもデータを引っ張ってきて見られそうなものだが、忙しくてそんな時間はないのだろう。
「フェルトにもあとで見せてあげるね!」
「わたしはいい…」
「だめっ! 彼の魅力を教えてあげる!」
スメラギに口頭で報告をしていたロックオンは、ティエリアが映画を見たいと言ったきっかけがわかった気がした。
まったく興味なさそうでいながら、ティエリアは女の子達の会話を意外に結構聞いている。
「あら、ロックオン。いいもの食べたのね」
行動記録をチェックしていたスメラギが手を止めた。
「エージェントの手配が遅れて、時間が余りまくったんだよ」
「いいわよぉ、全然」
スメラギがにやりと笑い、ロックオンは顔をしかめた。
「ね、それで内容はどうだった? 評判どおり泣けた?」
クリスはまだ盛り上がっている。
「優柔不断な女が悉く決断を誤り後悔する話の、どこが泣くべきポイントなのかわからなかった」
「えーっ、もうっ、そうじゃなくて、雰囲気よ、雰囲気。雰囲気で泣くのっ」
そんな雰囲気、ロックオンにもわからない。
だが矛先はロックオンに向いた。
「ねえ、ロックオンも見たんでしょう。どうだった?」
「え?」
思わず言葉に詰まると、ティエリアが言った。
「彼に答えられるはずがない。
ずっと俺の顔を見ていたのだから」
計器の発する小さな音が、やけに響いて聞こえた。
スメラギが行動記録の端末画面を、親指で操作してぴっと消した。
「フルコースのあとに恋愛映画、ね」
「うあおっ! デートコースみたいっすね!」
「というか、まんまそうだろう」
なぜかそれまで黙っていたリヒティやラッセが口を挟む。
「ち、違っ…! 映画があんまり退屈だったからだな!」
「ティエリアの顔見てるほうが楽しかったんだ」
クリスに非難がましい目を向けられる。
フェルトの視線まで白いのは、気のせいか。
「違っ…!」
「なぜ否定する。あなたは上映開始五分後から、エンドロールが流れるまで、ずっと俺を見ていたではないか」
「おまえ…っ!」
「ティエリア…これまで下手な男を掴まないためのレクチャーは、フェルトにだけしてたけど、これからはあなたにもしてあげる」
「どういう意味だ。クリスティナ・シエラ」
「うん、だから、意味も踏まえて要レクチャーね」
誰も彼もがロックオンの言い訳などに一切耳を貸さず、ロックオンには見た目まんまの女の敵、の称号がクリスティナから与えられた。
「ロックオン、ティエリアと軌道ステーションでデートしたんだってね」
翌日、顔を合わせたアレルヤがいつものほんわかした感じで言った。
「違ぇよ…」
なにを言っても無駄だと知りつつ否定しながら、こんなことになるなら手でも握っておくのだったとロックオンは思った。