毒を喰らわば皿まで
「学生時代の知り合いなんだけど、私に惚れてる男がいるのよね」
酔いでとろけた目をした戦術予報士が、でーんとした胸をばーんとテーブルに乗せて話し出す。
ロックオンはこの女と知り合ってから、酒にもナイスバディにも食傷気味だ。
「聞いてる? ロックオン」
「はいはい。聞いてますよ」
素面でいるのはきついので、スメラギが飲み散らかしたボトルから適当な酒をグラスに注いでストレートで煽る。
「で、そのミス・スメラギに好意を寄せている男がどうしたんだ?」
「そうなのよ。それそれ。
悪い人じゃないのよ。凄くいい人なの。
でもなんでだかそういう気にならないのよね…」
「ふうん」
「ねえ、ロックオン。どうしてだと思う?」
「知るかよ」
「冷たいわねえ。何度か寝た仲じゃないの」
「それ言うなっての。誰が聞いてるかわからないだろ」
「いーんじゃない? 気にしないわよ、誰も」
俺が気にするっつーの。とロックオンは呟くが、スメラギは聞いていない。
「で。なんでだと思う?」
知らねーよ、と再度思うが、絡み上戸に絡まれた以上、付き合うしかない。
ラッセやイアンはよくぞいつもこんなのに付き合っているものだが、彼らはスメラギ顔負けなほど飲み、しかもてんでばらばら好きなことを喋っているのだから、 面倒なことにならないのだろう。
「単に好みじゃないとか?」
適当に言ってみる。
「なのかしらねー、やっぱり。顔はいいと思うんだけど」
「あっそ」
「あなたのほうがハンサムよ? タイプが違うけど」
「いらんから。そんなフォロー」
スメラギはおかまいなしに遠い目をした。
「私思うのよ」
「なにを」
「彼、ゲイじゃないかしら」
「あんたに気があるんだろ」
「そうなのよ」
「じゃあそれはないだろ」
「そこはあれよ。私はいい女過ぎて例外ってことで」
「……」
酔っ払いと真面目に話をする行為に虚しさを感じ、ロックオンは視線を彷徨わせた。
皆の食堂なのに、彼ら以外誰もいない。
ああ、また貧乏クジかよ。
と思っていると、入り口に立っている人物と目が合った。
いつからそこにいたのか、ティエリアは無表情なまま瞬きもしない。
テーブルに上半身を完全に乗せて、あら、ティエリアー、などと言いながら手を降るスメラギにも一瞥をくれただけで、ゆっくり踵を返して出て行った。
些か回っていた酔いが、ロックオンのなかからすーっと引く。
「待て、ティエリア…!」
中途半端に腰を上げたものの、なにを言い訳しようとしているのかわからないまま動きは止まる。
テーブルの上に半分寝そべるようになったスメラギは、ぷーっと頬を膨らませた。
「ロックオン、あなたもゲ…」
「違うっつの」
みなまで言わせない。
言わせてたまるか。冗談じゃない。とロックオンは思ったが、スメラギは勝手に何度も頷いた。
「あの子じゃあ、しょうがないかあ。綺麗だもんねえ」
「だから違うと」
「いいのよ。黙っていてあげる」
誰にだ。
「あの子が男の子か女の子かわかったら、教えてね」
片頬が引きつって、思わず最悪のスラングが口をついて出そうになったが、ロックオンはとりあえず耐えた。
酔ったこの女にはもう絶対付き合わん、と決心しながら。