終わりがはじまり
扉が開いて、ロックオンはぎょっとした。
さして広くない室内が、乱れに乱れきっている。
ここがCBという秘密組織の秘密基地の、特に重要なポジションを占めるものに与えられるプライベートルームでなければ、空き巣に入られたかのような荒れようだ。
「スメラギさん、あんた、だらしなさすぎだろ…」
踏みつけそうになるブラジャーを足で払うと、その下から紐パンツが出てくる始末だ。
「だーいじょうぶよー。洗濯済みだからー」
「そういう問題じゃなくてだな」
肩を貸しているスメラギは、ぐでんぐでんに酔っている。
実行部隊の事実上のトップとなる戦術予報士はまだ若い女で、アル中一歩手前だ。
食堂で一人で飲んでいたらしいが、通路で行き倒れているのを偶然見つけ、ここまで運んできた。
「ロックオーン。冷蔵庫にとっておきのシャンパンがあるの。一緒に乾杯しましょー」
「いや、もう酒はいいだろ」
「よくないわよー。あなただっていける口なんでしょー」
言いながらスメラギは冷蔵庫を開け、シャンパンを取り出して封を切る。
「よせって」
それにしても本当にいい酒だ、とちらりとラベルと見ながら、後ろ手に隠す。
CBの資金力がどこから来ているのか知らないが、こんなところにまで金が回るとは相当だ。
「なによー、意地悪ねー」
「はいはい。いいからもう寝ろよ」
ベッドに引っ張っていき軽く押すと、スメラギはぺたりと座り込んだ。
「じゃあな。おやす」
み、と言おうとしたロックオンの腕が、引っ張られる。
スメラギの手が、手首に絡んでいた。
女の体でどこが好き、と聞かれれば、普通は胸やら尻なのだろうが、ロックオンはしなやかで柔らかい手が好きだった。
スメラギは、酔った顔で笑った。
「行かないでよー、寂しいじゃないー」
「子どもじゃあるまいし」
「んー、じゃあ、お姉さんと大人がすることする?」
「おいおい」
「別にいいでしょ。どうせ大切な人なんかいないんでしょ?」
「いるとは言わないけどな」
スメラギの目が潤んでいるのは酔っているからだ。
だが理性が飛ぶほど酒に呑まれてはいまい。
突如始まった駆け引きをしばし続けたあと、ロックオンはスメラギと共にベッドに倒れ込んだ。
「あんた、好きな男がいるだろ」
「どうだったかしら」
天上を見上げながらの会話だ。
「あなたって、先走って人の気持ちがわかっちゃうのね」
「そうかな」
「しんどいでしょ。案外嫌がられるし」
「どうかな」
頭の良すぎる女は苦手かも、と少し思う。
「どうせなら、エロくいきますか」
「どうせなら、ね」
軽いやりとりと、濃厚な抱擁。
グローブをはずしたところを初めて見た手が、からだを這う。
優しく器用な動きに、私は自分の読みが外れていなかったことを知る。
女に慣れていて、きっとセックスも上手。
そう思って誘った。
溺れられるならなんでもいい。
アルコールでも男でもほかのなにかでも。
我ながらわざとらしい嬌声。
でも、互いの呼吸は段々荒くなっていく。
それから、2、3回続いた関係は、唐突に終わった。
正確には、2回セックスして、3回目の途中にお互い馬鹿馬鹿しくなって止めた。
「そういえば私、年下は好みじゃなかったのよねー」
「俺はお姉さんも好きですけどね」
それが終わりの合図だった。
頭を掻きながら、脱いだばかりの下着を履く間抜けな記憶は、以後スメラギが真っ裸で足を開いて寝ていても、平然と毛布をかけてやれるくらいの境地にロックオンを導いた。