ファンクラブ
コードネームロックオン・ストラトスことライル・ディランディは、トレミーの一室で頭を抱えていた。
彼の前にはひとつの端末。
展開されているのは、事務作業にまつわる情報だ。
「ソレスタルビーイングに来てまで、書類に悩まされるとは思わなかったぜ」
ライルがぼやくのも無理はない。
ライルに課せられたのは、組織の出資者に対する交渉役で、それには詳細且つ本質ははぐらかしたこれまでの活動と、 今後の活動指針を示さなねばならない。
それが果てしなく面倒なのだ。
「あーっ、たくよう!
そもそも報告書作れるような活動してねえっつーの!」
5年前、ヴェーダの指示のもとに計画遂行していたときには、メンバーそれぞれがヴェーダに報告書を提出し、 必要に応じて監視者と呼ばれていたものたちに、ヴェーダが情報を選択し提供していたらしいが、 今ではそれを「誰か」が行わねばならない。
「誰か」はこれまでティエリア・アーデだった。
「…今までおまえ、こんなことやってたのかよ」
ライルは机の上に突っ伏して呟いた。
地味で根気が必要で、そのわりに誉められることのない作業だ。
「ライル、ガンバレ、ライル、ガンバレ」
ハロが近づいてきて、応援してくれる。
ライルは思わず涙目になりかけた。
この仕事はヴェーダ直々のご指名でライルに回ってきたもので、明らかにほかに適任者がいない、という理由からだった。
「ハロ…」
「キミナラデキル、キミナラデキル」
「…ん?」
いつもと違うハロの口調に、ライルは気がついた。
「待て、おまえ。 …ティエリアか?」
「……」
らしくもないハロのだんまりが、答えのようなものだ。
ハロもヴェーダの端末のひとつで、容量に限りはあるが直接リンクで情報を引き出すことが出来るし、逆も可能だ。
ライルは両手でハロを掴んだ。
「ハナセ、ハナセ!」
「いや、離さねえぞ!
ティエリア、てめえ、この仕事がめんどいのはともかくとして、あの出資者どもはなんだ! おまえのファンクラブか!」
「ナンノコトダ!」
「会合を申し入れたら、ティエリア・アーデとでないと応じないときやがった! 全員だぞ、全員!」
マイスターに関するすべては機密に属し、ロックオン・ストラトスがニールからライルに代わったことも出資者には知らされていないし、 ティエリア・アーデがヴェーダに帰したことも極秘扱いだ。
「ドウシテ、ドウシテ!」
「一度は敗退した組織を立て直したいというティエリア・アーデの心意気に賛同して出資したのだから、交渉はすべてティエリア・アーデとする権利があるそうだ!
まさかおまえ、顔晒して涙でも浮かべながら、金引き出したんじゃないだろうな!」
「シッケイナ!」
ライルの手をすり抜け、ハロはごつんと額に突撃してきた。
「いてっ!」
ごつん、ごつんとハロの攻撃は止まない。
「わかったよ、俺が悪かったよ。前言撤回!」
いい加減額が赤くなったところで、ハロは止まった。
「ライル」
「なんだよ」
「ガンバレ!」
「…ありがとよ」
それきりハロとヴェーダのリンクは切れた。
数日後、出資者の元にヴェーダからメッセージが届き、ロックオン・ストラトスとの会合に出向くことを、ティエリア・アーデが切に願っていることが伝えられた。
無事音声だけの会合が成立し、今後の活動資金を確保したあと、ライルは呟いた。
「やっぱファンクラブじゃねえかよ…」