20話後

わざと少し乱暴にしたのに、刹那は顔を歪めただけだった。
「痛いと言えばいいのに」
医療用保冷ジェルを刹那の両頬にあて、落ちないように顎の下からまわしたタオルの端を、頭のてっぺんで結ぶ。
「…おたふく風邪の子どものようだ」
なにかの記録で見た、大昔の病気の子どもの姿を思い出し、ティエリアはそのまま口にした。
「もしくは虫歯の…」
「…ティエリア」
刹那が嫌そうな表情になり、ティエリアはほっとした。
ロックオン…ライル・ディランディに殴られているあいだずっと、刹那は無表情だった。
医務室に連れてきてからも、苦痛を訴えるでもなく、口もきかなかった。
丸椅子に座った刹那を見下ろし、ティエリアは言った。
「腫れるぞ」
「問題ない」
「メットに顔が入らないかもしれない」
「……」
「冗談だ」
治療らしきものが一応すんでも刹那が動かないので、ティエリアは壁にもたれた。
「悪かった」
唐突だったので、刹那は不審そうにティエリアを見た。
「前に、君を責めた」
「なんのことだ」
「ロックオンが死んだのは、君のせいだと責めた」
悪かった、ともう一度ティエリアが言い、刹那はようやく表情を緩めた。
「もういい」
「君はいつもそうだな。ただ責められるだけだ」
刹那は答えない。
「ロックオンに撃たせろ、と言われたときもそうだった」
「よく覚えているな」
「忘れない」
大切なものを抱き締めるような響きだった。
机の上の鎮痛剤と水のボトルを、ティエリアは刹那に差し出した。
鎮痛剤には睡眠導入剤が入っている。
「今、眠るわけにはいかない」
「そのあいだくらい、僕とアレルヤで持たせる」
ロックオンの名がないことに刹那が視線を上げると、ティエリアはなんでもないことのように言った。
「彼に飲ませた水に、睡眠導入剤を混ぜておいた」
「なんてことを」
「スメラギ・李・ノリエガの承認は得てある」
白い錠剤が、刹那のさらに目の前に突きつけらる。
「飲め。殴られていなくても、僕もアレルヤも、ほかの皆も痛い。だから早く治れ」
もっと別な言いようもあるのだろうが、ティエリアにはこれが精一杯で、 それがわかったのか、刹那はティエリアの手から薬を取った。

ティエリアが医務室を出てブリッジに戻ると、スメラギとミレイナだけだった。
ラッセがまだ医療カプセルで、人手が足りない。
この追い詰められた状況は、国連軍に追い込まれた以前に似ている。
また同じことになるのか、とティエリアは思い、いいや、今度こそ違う結果に辿り着いてみせる、と思った。
操舵席に着く前に、ミレイナの頭をぽんと叩いた。
「アーデさん」
目を丸くする少女に笑いかけた。

Posted by ありす南水