思いを抱えて

怖い夢を見て目が覚めた。

時計を見ると眠りについてからまだたいして経っておらず、僅かな休息時間に出来る限り疲れを取っておかねばならないのにと歯噛みする。
このところよく夢を見る。
いろんな夢だ。
楽しい夢や懐かしい夢。
意味のよくわからない抽象的なものもあれば、今日のように怖い夢もある。
そんな夢のいくつかのなかに、彼がティエリア・アーデとして覚醒する前の記憶もあった。
液体のなかで、ぼんやりと目覚めの日を待つ記憶だ。
あそこがどこだったのか、今ではもうわからない。
ヴェーダは自らの端末を作り出す作業に極力人間を関わらせず、どうしても必要なわずかな人数は、ティエリア・アーデが自立すると処分した。
人間を生み出すという神の行為に酔った科学者に、イオリア・シュヘンベルクの計画推進を邪魔されないためだ。
唯一の例外だったドクターモレノも戦闘に巻き込まれて死んだ。
ヴェーダがモレノを生かしたのが、害なしと判断したからなのか、ティエリア・アーデをメンテする人間がひとりくらいはいると判断したからなのかはわからない。
だが、ととりとめもなくティエリアは思い出す。
そういえば彼の注射は痛くなかった、と。
カプセルから出たばかりの頃、数値を調べたりナノマシンを強化するために、科学者達は日に何度もティエリアのからだのあちこちに注射を打ったが、 毎回痛覚があるのを確認しているかのように痛かった。
当時理解していたのはその感覚だけで、痛いという言葉もティエリアは知らなかったのだが。
モレノはいつも「痛かったら言うんだぞ」と断ってから処置をした。
痛くても処置を続けるのなら、それは無駄な前置きだといつも思っていたが、今ならわかる。
彼はティエリアを生きているものとして扱ってくれていたのだ。

  同族を討つと言うのか。
直接顔を見たこともないイノベイターの声を思い出して、ベッドの縁に座ったティエリアは目を閉じた。
  僕は人間だ。
そう叫んだ瞬間に同時に思った。
  ああ、僕は人間ではない。
おまえは人間だ。と彼が言った。だから人間になりたかった。
でもなれない。
そのことがわかってしまった。
だからあれからずっと考えていた。
自分になにが出来るのかを。
人間にはなれない。
でもティエリアが好きだと思うものたちは、皆人間だ。
だから彼らを守りたい。
記憶のなかの彼に何度も問い返して、たぶんそれで間違っていないと結論付けた。
彼と同じように死にたいと、そう思った四年前とは違う。
ティエリアは、守りたい。
ヴェーダへの信奉はもうないが、そこから生まれたものとして慕わしく思う気持ちは今でもある。
ならばヴェーダに教えよう。
人間は憎しみと愛情を絡めあう、矛盾すると同時に希望ある存在だということを。

  同族を討つと言うのか。
もう一度あの声を意識して思い出し、ティエリアは息を吐いた。
「ああ、討とう。
世界の歪みが生み出した存在が、僕らであると言うのなら」
モニターが青白く光る室内に、凛とした声が響く。
ティエリア・アーデは、自らが涙を流していることに気づいていなかった。

Posted by ありす南水