Cigar
煙草を没収された。
トレミーに来てすぐに。
「全艦禁煙だ。当然だろう」
可愛い顔した教官殿は、見た目通り委員長で風紀委員だった。
「そもそも健康被害を被るとわかっているものを、馬鹿高い税金を払ってよく吸う気になるものだ」
「だからこその嗜好品だろ。特別な気分になりたいときとかに嗜むんだよ」
「トレミーでは大体非常時で、こんなものがなくてもいつでも特別な気分でいられるぞ」
よかったな。と、少しもいいことなどなさそうな言葉と共に、俺の煙草はどこかに持って行かれてしまった。
その後は毎日が死ぬか生きるかの大騒ぎで、確かに嗜好品どころではなかった。
だから忘れていた。
何気なく展望室に入って、煙草をくわえているティエリアを見るまでは。
「ちょっ、おまっ、それっ、ここ禁煙…っ!」
あまりの衝撃だったので、俺はいっぺんにいろんなことを言おうとして失敗した。
俺のなかでは「鬼の」とか「氷の」とかの冠を戴くティエリア・アーデが、いつもの「間違ったことは一切しません」という顔で煙草を吸っている姿は、 明らかに見てはいけないものだった。
煩そうに俺を見たティエリアは、煙草を指で挟んで、ふーっと煙を吐いた。
「いや待て! おまえ、未成年だろう!」
接していると落ち着いているので年下だということを忘れるときがあるが、ティエリアはぱっと見十代だ。
ティエリアは心底鬱陶しそうに煙草を持っていないほうの手で頬にかかる髪をかき上げた。
「さあ…? では、刹那と同じくらいということにしておこうか」
「なんだ、そりゃ」
俺は悪びれもしない様子に毒気を抜かれ、ティエリアは面白くもなさそうにまた煙草を口にした。
「てか、それ、俺の煙草じゃねえの…?」
「そうだったかな」
「いや、そうだろうよ」
「わからないな。こんな煙たくて苦いもののどこが嗜好品なんだ?」
「そう思うなら吸うなよ。一本いくらするか知ってんのか、このやろう」
それはな。しがないサラリーマンのささやかな楽しみだったんだ。
なんかこう、やりきれない思いを、煙と共に吐き出すんだよ。
俺にはそれくらいしか出来なかったんだよ。
と言ってやりたいが、薮蛇になりそうで言えない。
こいつをあまりつつくと、俺にとって厄介なものが出てくる気がする。
なんとなく。
だからせめてもの要求をする。
「俺にも一本よこせ」
「これが最後の一本だ」
俺は本気で目を剥いた。
「はあ!? あんたに没収されたとき、封を切ったばっかだったんだぞ?」
「そうだったかな」
「全部吸いやがったのか!」
何気に都合の悪いことに返事はない。
見覚えのある携帯灰皿に、って俺のだよ、それも!に半分になった煙草を突っ込むと、ティエリアは何事もなかったかのように展望室を出て行った。
あまりのマイペースぶりに、俺はそれを呆然と見送ってしまい、 燻った煙草の残り香のなかにひとり取り残された間抜けさ加減に我に返ると、二言三言悪態を吐いた。
あいつもなにかを煙と共に吐き出していたんだろうか。とは、随分あとになってから思った。