天使のkiss
トリニティ兄弟の来訪によって、トレミー内は引っ掻き回された。
三人が乗ったガンダムが去り、誰もがほっと一息ついた頃、ただひとりだけ立ち直れない少年がいた。
展望室の隅っこで、刹那は膝を抱えて座っていた。
「なに話かけても駄目なんだよね。
相当ショックだったみたいだ」
アレルヤがお手上げ、というポーズでロックオンとティエリアに向き合った。
「どうしたってんだ、刹那は一体」
「思い当たることは、アレしかないよね」
ネーナ・トリニティにキスされて、刹那は珍しく動揺していた。
「思うにファーストキスだったんじゃないかなあ。
予告もなくアレは、可哀想だったかも」
「なるほど。それは気の毒だ」
それまでたいして興味なさそうにしていたティエリアが、妙に力のこもった様子で頷いたので、アレルヤは目を見張った。
そうっと様子を観察すると、射るようなティエリアの視線を受けて、さらりとあらぬ方向にロックオンは視線を逃していた。
どうでもいい気持ちになりながら、アレルヤは無責任に提案した。
「ティエリア、刹那にキスしてあげたら? こんなことたいしたことないよってことで」
無論冗談のつもりだったし、現にロックオンはいつもの口調で「おいおい」などと言いかけたが、ティアリアはにこりともせず再び頷いた。
「了解した」
え? なにを了解したの? とアレルヤが思う間に、ティエリアはつかつかと刹那に近づくと、いつものように素っ気無く名を呼んだ。
「刹那」
膝のあいだに顔を埋めていた刹那は条件反射で顔を上げ、その瞬間にティエリアは顔をすいっと近づけた。
がたっ。と音がしたのは、アレルヤとロックオンが揃って片足をよろめかせたからだ。
ちゅっ。
目を閉じもせず、しかしやけに自然な動きで刹那の唇に自分の唇を押し当てたティエリアは、すぐにからだを引いた。
戦闘中の絶体絶命のときでさえ見せたことない驚愕の表情で、刹那は固まっていた。
「たいしたことはない。忘れろ、刹那」
ミッション終了、と言わんばかりに、ティエリアは踵を返して展望室を出て行った。
「ロックオン…」
アレルヤが咎めるように呟いた。
「なんで俺なんだよ」
「自分の胸に聞いてみたら?」
わざとらしく胸に手を置いて首を傾げるロックオンを無視して、アレルヤは刹那に近づいた。
「…ああ。真っ白になってる」
可哀想に。とあまりそう思っていない口調で言う。
「まあ、得した、と思っときなよ」
それがいいよ。と、アレルヤはこれまた無責任に言った。