ロックオン的な人に頼め
「ロックオン、さしてくれ」
刺してくれ、と聞こえて、ロックオンはぎょっとした。
地上でのミッションを終えて着替えたばかりのマイスターは、娯楽室で寛いでいた。
ティエリアだけがシャワールームを出てから姿を見せないので、自分の部屋に戻ったのかと思っていたのだが、 半袖シャツと短パンというティエリアにしてはラフな格好で現れて、わき目も振らずにソファに寝そべるロックオンに近づいた。
よく見れば、ティエリアが差し出す右手には目薬が握られている。
「ああ、点す、ね」
「うまく出来ない」
だからやれ、というふうに、ティエリアはさらに手をロックオンの目の前に近づけた。
「ゴミでも入ったのか?」
ティエリアは頷く。
「右目に。もうとれたが、一応消毒しておく」
アレルヤと刹那がじっと見ているのに、舌打ちしたい気持ちを抑えてロックオンが立ち上がると、ティエリアは顎を上げて目を閉じた。
「いや、おまえ。目ぇ開けないと点せないだろ」
それともキスでもしてほしいのか、と軽口を叩きたいのを自制する。
「ああ、そうか」
ティエリアはぱっと目を開けた。
間近で見ると本当に大きな瞳だ。
目薬の投下位置を定めるために見つめると、見つめ返してくる。
「…なんか点しにくいな」
「そうですか?」
「座ったほうがいいんじゃない?」
アレルヤが言った。
「ロックオンがソファに座って、ティエリアがその隣に座って、頭をロックオンの膝の上に」
アレルヤっ! おまえ、なに言ってんの!
焦るロックオンの腕を引っ張り、ティエリアはソファに座った。
「こうか?」
うおおおおおっ!!!
と心のなかとはいえ、ロックオンが叫んでしまったのは無理もない。
ロックオンはティエリアに、いわゆる膝枕をしてやっている格好になっていた。
さあどうぞ、と言わんばかりのティエリアがロックオンを見上げる。
密着している分、さっきより近さを感じる。
人に慣れない猫が膝に乗ってきたときのようだ。
いや、訂正する。
人に慣れないティエリア・アーデが膝に乗っているこの感覚は、言葉にするのが非常に疚しい。
「…畜生。神は俺を試しているのか」
「この世に神はいない」
「刹那は黙っていようね」
外野の声もなんのその、震えそうになる手でなんとか目薬を投下したが、直前でティエリアが目を閉じた。
「…んっ!」
目蓋に薬液が落ちた感触に、ティエリアの口から小さな声が漏れる。
「…目ぇ閉じたら意味ねえだろ」
「すまない。もう一回」
再度試みるも、再度失敗する。
「…ひぁっ!」
ロックオンは必死に過去のろくでもない記憶を漁った。
もっと直接的に刺激的なことをやってきたあれこれの記憶だ。
落ち着け、俺! もっとエロいことをやってきたじゃないか!
「…ぁっ!」
「…ふぁっ!」
落ちてくる水滴が怖いのかティエリアは何度も目を閉じ、手で目を固定すればいいのだがそうするにはティエリアの顔に触れねばならず、 恐ろしくすべすべしていそうは肌にロックオンは触れたくなかった。
点眼は五度目の投下でようやく成功した。
「おら、目ぇ、ぱちぱちやんな」
言われたとおりに音がするのではないかと思うくらいぱちぱちしたあとティエリアが離れると、ロックオンは残念だかほっとしたのだか複雑な気持ちになった。
起き上がって眼鏡をかけるティエリアに、アレルヤが訊ねた。
「なんでロックオンなの、ティエリア」
ティエリアは当然という顔で答えた。
「狙い撃つとなれば、ロックオンが適任だろう」
「目薬を…?」
大きく頷くティエリアがいなくなると、刹那がぼそりと呟いた。
「ロックオンにくっつきたいだけかと思った」