ごちそうさま

とあるアジアの下町。
合流ポイントである大衆食堂に現れたティエリアは、ロックオンの腕にすがりついていて、 ヤキソバを食べていたアレルヤが、心配そうに箸を置いて立ち上がった。
「近道だから市場を抜けてきたんだが、肉屋が集中してるとこ通っちまってさ。
牛やら豚やら鶏やら犬やら、そりゃあ見事に吊るされてて」
「…言うな。思い出す」
蒼白の顔色をしたティエリアが、説明するロックオンを止めた。
「ああ…このあたり、なかなかワイルドだからね」
事情を察したアレルヤが同情の目を向けたが、卓についたままの刹那は真正面から疑問を口にした。
「肉屋に肉が吊るされているのは当たり前だ。
それを見てなぜ気分を悪くする。ティエリア・アーデ」
「なっ…!」
日頃自分が小言を言う対象である刹那に弱みを見せたと思ったのか、ティエリアは一転して頬に朱を走らせた。
狭い食堂で諍いは目立つ。
ロックオンが肘でティエリアを押さえ、アレルヤが刹那を窘めた。
「ティエリアは宇宙育ちだから、食材そのものを生で見ることに慣れていないんだよ」
CB育ちだから、というのが正確で、私設武装組織では調理済みの料理がプレートに配された状態で冷凍されていて、それを解凍して食べるのが一般的だ。
それにしてもここまでダメージを受けなくてもよさそうなものだ、とはアレルヤもロックオンも思っているが、 普段は眦を上げて怒っていなくても怒っているように見えるティエリアが、今にも腰が抜けそうな風情でいるのは見ていて可愛い。
「まあティエリアでなくても、頭のついた肉はダメなヤツ多いだろ」
ロックオンの補足説明に、肉屋の店先を思い出したのか、ティエリアはまた青くなった。
「頭のついた肉…」
なにを思ったのか考え込んだ刹那は、徐に顔を上げると、自分の前にあった皿を持ち上げてティエリアのほうに差し出した。
「たとえばこういうものがダメなのか。ティエリア・アーデ」
あまりにも堂々とした態度だったので、ティエリアは思わず身を乗り出して皿の中を見てしまった。
それは羽をむしった姿焼き。スズメの焼き鳥だった。
「………っっっっ!!!!」
ティエリアは声にならない叫びを上げ、ロックオンの後ろに逃げ込んだ。
「刹那、それはイジメだよ…」
アレルヤが呟くと、刹那は目をぱちくりさせた。
「なぜだ。食わず嫌いか」
ぱくりとスズメに噛り付く刹那に、ティエリアはさらにロックオンの背中にしがみついた。
「ロックオン、気分いいでしょう」
「まあ悪かねえぜ」
刹那とティエリアには意味不明の会話を、アレルヤとロックオンは交わした。
「それはさておいてだな。
おい、ティエリア。ここでなんか食べとかないと、このあと当分ありつけないぞ」
「…俺はいい」
しゃーねな、とロックオンは頭を掻いた。
「んじゃ店を変えようぜ。
なんか甘いもんの店。刹那のおごりでな!」
「は?」
突然テンションを上げたロックオンの提案に、スズメを食べ終えた刹那が反射的に顔を上げた。
「ああ、それはいいね。僕もデザート食べたいな。刹那、ごちそうさま」
「なぜ俺が…」
アジアンスイーツって美味しいんだよね、と笑うアレルヤに、ティエリアが表情を緩めてロックオンの背中から離れた。
本人に自覚はないようだが、ティエリアは甘いもの好きだ。
「ほら、おまえも刹那にごちそうさまって言っとけ」
ロックオンに言われて、ティエリアは眉を寄せた。
「ごちそうさまは食べたあとに言うものだ」
「こういう場合は先に言うんだよ」
アレルヤにも頷かれて、ティエリアは刹那に向き直った。
「刹那・F・セイエイ」
「なんだ」
「ごちそうさま」
刹那はなんとも形容しがたい表情を浮かべてから、口をへの字に曲げたまま頷いた。

Posted by ありす南水