酔う
いつもより随分遅い時間に戻ってきた女は酔っていた。
自制出来ない人間は嫌いだ。
だから酔っ払いは嫌いだ。
狭い玄関を入ったところで、立てなくなっている女を見下ろして、子どもは途方に暮れている。
「お母さん。風邪引いちゃうよ」
「あら、あなたどうして起きているの?
駄目よ。夜更かししちゃ。もう寝なさい」
「お母さんも。こんなところで寝たら駄目だよ」
「大丈夫よぉ」
なにがおかしいのかけらけらと笑う女の体を、子どもは何度か揺さぶったが、
どうにもならないのでこちらを向く。
私は様子を伺っていただけだ。
待っていたわけでも、心配していたわけでもない。
健康な大人が、床で一晩寝たとしてもどうということはないだろう。
子どもの訴える視線を私は無視した。
すると、母親の傍を離れて近づいてくる。
「おじさん」
シャツの裾が掴まれる。
「お母さんをお部屋まで運んであげて」
お願いします、と付け加えて頭を下げる。
女が普段厳しいくらいに躾けているので、この子どもは行儀が良い。
無論私が女を運ばねばならない義理はない。
私がここにいるのは、女のおせっかいであり、私が恩義を感じる必要はないのだ。
ただ、ぎゅっと握られた小さな拳を振りほどくのが面倒だっただけだ。
「ごめんなさいね」
ベッドに運ぶと、女は意外に冷めた口調で言った。
「酔っていたのではなかったのか」
「酔ってるわよ」
それからまた笑う。
笑わなければ泣いてしまうかのように。
「生きていたわよ」
部屋を出ようとする私の背に、女が言葉を投げかけた。
私は振り返る。
女は体を起こしていた。
「殺したい?」
ベッドサイドのライトに照らされた女の顔は、いつもより白い。
「興味ない。戦争は終わった」
そう、と女はまた体を倒した。
「私が殺しに行くと言えば、おまえはどうするのだ」
「さあ」
聞こえるか聞こえないかの声。
お手伝いしようかしら。
「やはり酔っているな」
「だからそう言っているじゃない」
子どもが水の入ったコップを持ってきた。