雨を降らせるもの
雨が降っていた。
それも土砂降りの。
傘を差しても、子どもと手をつないでいるほうの肩から先はずぶ濡れだ。
子どもには黄色いレインコートを着せているから、風邪を引かせる心配はない。
大丈夫。
この子はマリューの命だ。
この子がいなければ、別の生きる意味を探さなくてはならず、それはとても困難だっただろう。
なにしろマリューはあの戦争で死ぬはずだったのだ。
死ぬつもりだった、と言い直してもいい。
あんなに大勢の人が死んだのだ。
今でもどうして生き残ったのかわからない。
生きるとわかっていたら、恋などしなかった。
気持ちにはいくらでも歯止めをかけられたのに、かけなかったのはそれで終わりだと思っていたからだ。
見通しは甘かった。
マリューは死なず、一緒に、は無理でもそう時を移さず死ぬであろうと思っていた恋人だけが死んだ。
それもマリューの目の前で。
一番最悪の結果に、マリューは自分自身に愛想が尽きた。
自暴自棄になる一歩手前で妊娠がわかり、ちゃんと生まれてくる確立は低い、と医師は言った。
今度もまた選択を間違えるのかと思いながら産んだ子が、今マリューの手を握っている。
可愛くて賢くて世界中で一番大事な息子だ。
「お母さん。雨、いっぱい降ってるねえ」
「そうね」
わざと水溜りのなかに入っていく子どもについて、マリューも足を濡らす。
「雨、いつやむの?」
「さあ、いつかしら」
「コロニーだとねえ、いつやむかわかるんだよ」
「あら、よく知っているわねえ。そうよ。コロニーのお天気は人が決めているからね」
「地球のお天気は誰が決めてるの?」
神様。
反射的にそう思って、マリューは口の端を歪めた。