はじまり

顔が近づいてきたので、キスくらいはいいかと思って好きにさせておいた。
頭を押さえられて、舌を絡み取られて、段々抱え込まれるような格好になってきて、
そこで私は体を捩る。

「駄目よ。先生に言われたでしょ」

そう。
軍医は私もいる前ではっきりと、彼に「セックスはしばらく控えてください」と言ったのだ。

「あんな藪医者の言うこと」
「だーめ。万が一にも傷が開いたら、みっともないでしょ」
「開かないって」
「なにを根拠に。それにどの道駄目。昨日からアレだから」

スカートのなかに浸入しようとする手をぱしりと叩くと、彼はきょとんとした顔をした。

「アレって?」
「…わかるでしょ?」
「いや、わからん」

私は呆れる。

「生理よ」

彼は益々間の抜けた顔をする。

「どうしたの。知らないわけじゃないでしょ?」
派手に遊んでいた人が。

「…薬、使ってたんじゃなかったのか?」
「切れたの。特務に就く前に注射したきりだから」

なにを弱りきってるんだろう。
それとも慌ててる?

「いつから、切れてたんだ」
「数字の上では二ヶ月くらい前からかしら。
ねえ、どうしたの? 大丈夫?」
段々肩が落ちていくので、傷が痛み出したのかと心配になる。

「なあ、俺」
「なに?」
「一回も避妊してないんだけど」

…ああ。

「今頃そんなこと気にするの?」
「だって、女性士官は任務に就く前に絶対薬使うだろ」
「ずっとそんな調子だったのなら、あなたのこれまでの赴任地には、
金髪の赤ちゃんを抱いた女が何人もいるんじゃない?」

はっきりとしかめ面。
覚えがありすぎるらしい。
わかりやすい男は可愛くもあるけど、腹も立つ。

「私は大丈夫よ。
生理が来たってことは、妊娠してないってことなんだから」
「…なんだ」
「なんだってなに?」

彼は腕を伸ばし、私を抱きしめた。

「ムウ?」

「もう薬は使わないの?」
「そうねえ。
クサナギに行けば受けられるらしいけど、忙しくてそれどころじゃないし」


それにこの先、私にそれほど時間が残されているとも思えない。
ふ、と冷めた気持ちになった途端、ぎゅっと力を込められた。


「…痛いわ、ムウ」
「子ども、作ろうか」
「は?」

なに言ってるの、と顔を見ようとしたが、力は少しも緩まない。

「できやすい日とか、あるんだろ。その日にしよう」


  なに言ってるの。
  馬鹿ね。


そう言って笑えばいいのに、私の口は勝手に動く。

「そうね」




それが始まり。
私は、未来などないのだと思っていた。

Posted by ありす南水