名残
あるいは感傷
だからといって思いは褪せない
降る夜
ぱらぱらと音を立て、屋根に雨が落ちる。
床にマットレスを敷いた寝床には慣れたが、この湿度は相変わらず不快だ。
すぐ横の子どもが規則正しい寝息を立てているのは、ここの生まれだからか、精神のしなやかさの違いか。
数日前に密林で拾った少年は十歳。
ゲリラに襲われた小さな集落が近くにあり、そこから逃げてきたのだろう。
私より若いと思われる母親は、発見したとき既に暴行されて殺されていた。
思っていた以上に、この仕事は生々しく過酷だった。
戦争をしていたときには、直接見ることのほとんどなかった死体を毎日目にし、ときにはもっと残酷で救いのないものを見ることもある。
ほんの一部の地域を除き、世界は荒廃していた。
戦争前から民族紛争の絶えなかったこの地域は、辛うじてゲリラを押さえ込んでいた軍隊が、戦争末期に宇宙戦に駆りだされ、無法地帯と化した。
私たちのようなボランティアが支援活動をしたところで、実情がどう変わるものでもなく、手を差し伸べる意味があるのかないのか。
その辺のところに、実は私は確信がない。
希望、と思えるものがないわけではない。
ナチュラルだとかコーディネイターだとか、そんなことにかまっていられないほど生きることに追い込まれた人々が、必要に迫られて、互いに手を取り合うのを、幾度か目にした。
ブルーコスモスは、カリスマ性を発揮していた盟主がいなくなったことで急速に民意が離れ、テロ組織のひとつに成り果てた。
さらにプラントが婚姻統制に代わり、ナチュラルとの婚姻を推奨するようになったので、いずれ地球にもコーディネイターとナチュラルの両親、そしてハーフの子ども、といった家族が増えるのかもしれない。
そうして特殊性を薄れさせることにより、差別を顕在化させなくしていくことが、本当によいことであるかはわからないが、なんらかの方法で私たちは共存していかなければならない。
少年は、私がかつてあの戦場にいたことを知ると、目を輝かせた。
「じゃあ、マリューはガンダムを見たことあるの? ムウ・ラ・フラガと会ったことがある?」
私がGを開発し、アークエンジェルを指揮していたことを知ったら、少年は仰天するだろう。
私は自分からそのことを口にしないことにしているので、見たことがあるし、会ったことがあるとだけ答えた。
「すごいや! ねえ、かっこよかった?」
Gのことなのか、彼のことなのかわからないので、ただ微笑んだ。
クルーの名誉回復がなされてそう時間が経っていないのに、アークエンジェル、キラ・ヤマト、ムウ・ラ・フラガの名前は一般に知られるようになっている。
そしてナチュラルの子どもには、キラくんよりもムウのほうが人気がある。
ナチュラルなのにすごいんだよ、と言いたいのだろう。
グリマルディ戦線の英雄が、今は子どもたちの英雄(ヒーロー)よ、あなた。
心のなかでそう呼びかけると、エンデュミオンの鷹、と決して自ら名乗らなかった彼の、頬を歪めて笑う顔を思い浮かべることが出来た。
ガラじゃねんだよなあ。
きっとあなたはそう言う。
頭を掻いたりしながら、ちょっと困惑した感じで。
雨音の間隔が少しずつ遅くなっていく。
もうしばらくしたら止むだろうか。
晴れていれば、星々に包まれるような広い夜空が望める。
地上はこんなに血に塗れているのに、天の光だけは崇高に輝く。
その先ですら、私たちは殺し合いをしたのだけれど、地上から望む宇宙(そら)はただ美しい。
彼の最後の優しい声を、思い出してももう涙は出ない。
今はただ信じている。
いつか約束が果たされることを。
私の元に、帰ってくることを
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