いらない子
要らない、と言われた。
おまえは、要らないと。
なぜなのかわからなかった。
それまでは大事にされていたのに。
病気をしたのがいけなかったのかもしれない。
具合が悪くて、そう言うと「お父さん」はぼくを大きな「病院」に連れて行った。
いくつも検査を受けて、痛いものもあったけれど我慢した。
だってぼくは優秀なのだから、そのくらい平気でなくてはならない。
「これが最後の検査だよ」
先生がそう言って、ぼくは検査の結果が出るのを待っていた。
先生のくれるお薬がよく効いて、具合はとっくによくなっていたから、それで家に帰れるのだと思っていた。
なのに「お父さん」はおまえはもう要らないって。
捨ててしまえと「お父さん」が言って、メイドはそんなことはできないと答えている。
「人間を捨てるなんて、そんなこと出来ません」
「は! どこが人間だ! こいつは出来損ないの化け物だ!」
こいつって誰のこと?
ぼくじゃないよ。だってぼくは優秀だもの。
しっかり勉強して、大きくなったら「お父さん」の跡を継ぐんだよ。
「あいつを呼び戻せ!」
「お父さん」が言う。あいつって誰?
「ムウ坊ちゃまですか? 坊ちゃまは奥様とご一緒に奥様のご実家です。ご一緒でなければいらっしゃいませんが」
「それならあの女も呼べ! あの女の産んだ子ではたいして期待もできんが、できそこないよりはましだ!」
その日から「お父さん」は二度とぼくを見なかった。ぼくは透明人間みたいだった。
ううん。
透明人間なら声だけは消えないけど、「お父さん」にはもう声さえ届かない。
そしてあいつが来た。
あいつはぼくに似ていた。
同じ髪の色。同じ目の色。
「お父さん」は、前にぼくにしていたみたいに、あいつを誉めたりするのかと思ったけれど、そんなことはなかった。
でもあいつには声をかけた。
「おまえで我慢する。優秀な教師をつけてやるから、勉強でも運動でも必ず一番になれ。
…どうせ無理だろうがな」
「お父さん」あいつにそんなことを言わなくても、ぼくはいつだって一番だよ。
そう思ったけれど、「お父さん」には届かない。
そしてあいつはぼくが持っていないものを持っていた。
「お母さん」
「お母さん」はメイドとも家庭教師とも違った。
いつもあいつの手を握っていて、あいつに頬摺りしたりした。
ふんわりしていて柔らかな存在。
でも「お母さん」はあいつだけのものだ。
あいつには優しくするのに、ぼくのことは睨みつけて、近寄ることさえ禁じた。
ぼくは理解した。
だってぼくは優秀だから。
あいつが邪魔なんだ。
あいつがいるから、ぼくが要らなくなるんだ。
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じゃあどうする?
あいつを消すんだ。
消すのは簡単だ。
燃やせばものは消える。
人間だって消えるんだよ。
みんなが寝静まった頃、ぼくはそっとベッドを抜け出した。
前は広いお部屋だったのに、今では使用人と一緒の狭くて汚い部屋。
ぼくの部屋はあいつにとられた。
広間には暖炉がある。
ぼくはそっと近づいて、マッチの箱を手に取った。
シュッと音を立てて、炎が立ち上る。
なんて綺麗なんだろう。
そしてとっても温かい。
ぼくは嬉しくなって、久しぶりに笑った。
それからそっと、マッチをカーテンに近づけた。
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