共犯
二月十四日午後九時過ぎ。
送りの車を途中で降りたところでコートのポケットのなかの端末が鳴った。
「今どこにいる?」
発信者が表示されているとはいえ、前置きもない。
「おまえの家を出たところだ」
「いつもの店で」
返事をする前に切れる。
随分早いなとマクギリスは思った。
今日はどこかの令嬢とデートだったはずだ。
深層の姫君とことごとくうまくいかなかったので働く女を勧めてきたと、少し前に面白そうに話していた。
疑問はホテルのバーに着いてすぐ解消された。
静かな場所なので苦労して声を押さえたが、マクギリスは腹を押さえて笑った。
「仕方ないだろ。この一月アルミリアにつきあって毎日チョコレートを食べてたんだ。お好きですかって聞かれたら、当分見たくもないって言うだろう」
「普通言わないな。今日は二月十四日だ」
「知るかよ」
ガエリオの頬には手形と共に爪が引っかかったのだろう跡がくっきり残っていた。
体良く断ってもらったというところだ。彼はそういうところはうまくやる。
「おまえ、こういうこと無茶苦茶笑うよな。人が悪い」
「おまえほど笑わせてくれるヤツはそうはいない」
「ぬかせ」
忍び笑いをやめない背を軽く叩き、酒を勝手に注文する。
ショートグラスのカクテルをマクギリスが飲み終わると、ガエリオは席を立った。
「上に部屋を取ってある」
妹が婚約者に贈るチョコレートの試作を毎日食べてやる優しい兄が、その婚約者をホテルに誘うのに罪悪感がない。
おそらくアルミリアも同じ価値観を持つ女性に育つのだろう。
マクギリスはコートを手にして思い出した。
「ああ、そうだ。うんざりならいらないか」
茶色の紙に金色のリボンのかかった小さな包みをポケットから出す。
あるブランド店のチョコレートだ。
「それは、貰っておく」
ガエリオはルームキーを持つ手で受け取った。
なんのことはない。
マクギリスも今夜ガエリオが誘ってくると思っていた。