手料理
食堂は別にあるので使う者はほとんどいないが、士官学校の寮には調理場があった。
「…よし!」
休暇で実家に帰ったとき、コック長から猛特訓を受けた。
いけるはずだ。大丈夫。
ガエリオはコンロの火を点けた。
マクギリスは明日の授業の予習をしていた。
義父から特に指示されたわけではないが、なんであれ常にトップであることは生きていく条件だ。
今のところ課題はクリアしている。
「マクギリス。開けてくれ」
ドアがノックされた。ガエリオだ。
彼は常に次席だ。マクギリスが一番。ガエリオが二番。
だたし、彼は必死になったことがない。
本人は、おまえについていくのは大変だと言うが、マクギリスが隠している悲愴感などなしでその順位を保っている。
ドアを開けると、ガエリオの両手はトレーで塞がれていた。
「食え!」
「え…」
トレーの上には皿が乗っている。
「目玉焼き…?」
ガエリオはわりとなんでも唯我独尊で唐突なのだが、今日もわけがわからなかった。
「卵は肉や魚と違う。食べられるだろう。食え!」
黄身が少し潰れている。
「おまえが作ったのか?」
「ありがたく食え!」
マクギリスは動いていたものを動かなくして調理したものが苦手だ。
物心着いた頃からそれらを食べている者には理解されない感覚なので、誰にも言ったことはない。
本当は卵もいくらか気持ち悪い。
だが食べねばガエリオは帰らないだろう。
ほかの学生は二人部屋だが、セブンスターズの彼らは一人部屋を与えられている。
テキストを表示させていたタブレットを勝手に片づけ、ガエリオは机の上にトレー置いた。
マクギリスは右手にナイフ、左手にフォークを持たされた。
たかが目玉焼きに大仰な、と思うものの面倒臭いので黙っていた。
ごくシンプルな、塩と胡椒で味付けされた目玉焼きだ。
ほんのり温かい。
「どうだ?」
自信の塊のようなガエリオが、マクギリスに判断を委ねてくる。
「うまい」
「ほんとか?」
マクギリスは頷いた。
卵料理はよく出てくるが、うまいと思ったのは初めてだった。
「もっと食べろ。全部食べろ」
ガエリオが言うまま全部食べた。
ガエリオの右手首が赤く火傷していることにマクギリスは気づいていたが、言わなかった。
作ってもらうのが当たり前のお坊ちゃんが、なぜこんなことをしようと思ったのだろう。
それもマクギリスは聞かなかった。