おれたちはここにいる
綾薙祭が終わり四月からずっと忙しかった華桜会の仕事も一段落したある日。
定例の会議のあと、冬沢が一枚のディスクを取り出した。
「今年の卒業記念公演のゲネプロだ」
華桜館の資料室に納められているものを、辰己琉唯が冬沢の執務室に持ってきた。
「ぜひ、皆さんでご覧になってください」
現華桜会のメンバーは卒業記念公演の日、新稽古棟の準備や綾薙祭のオープニングセレモニーの認可などで走り回っていた。
「今更?」と春日野。
「まあ、いいんじゃないか。来年はオレたちもやるんだし」と千秋。
「見たくなかったわけじゃないんだよね」と入夏。
「そうだな」と四季。
そして五人で見た。
今年の卒業記念公演が異例づくめだったことは知っていた。
卒業生が降板した主演に下級生が抜擢され、例年チーム単位で選ばれる育成枠が個人単位で選ばれた。本番中に奈落で事故があったことも聞いている。
だから不手際続きという先入観を持っていた。
冬目前の秋の夕暮れは早く、ディスクを見終わった頃、華桜館は暗くなっていた。
「明かり、つけるよ」
春日野が立ち上がり電気をつけた。
「思っていたのと違ったね」
戻ってきながら春日野が言う。
「よかったな。結構」
「いや、レベルかなり高いでしょ」
千秋と入夏。
主演が降板したならほかの卒業生がその役にまわるのが自然だ。にも関わらず下級生が選ばれたのは、柊翼の代わりは誰にも務まらないという前提で、端からこの役には期待せず、極端に言えば捨てて、相手役が指導者の鳳だったから教え子の星谷をあて、そのフォローにあたるために育成枠にもチームメンバーを多く入れた。
見る前まで、全員そう考えていた。
「これ、見てたらさ。オープニングセレモニーの人選。変わってたじゃん?」
入夏に視線を向けられて、どうかな、と四季が答えた。
「でも、星谷が自分たちも出せって、あんな無茶が通ると思った理由はわかった」
理由? と春日野が聞き返す。
「あいつにはステージに上がりさえすれば、観客の期待に必ず応えられるという自信があったんだよ」
冬沢は黙っていた。
既に終わったステージの人選がどうのなどと考えるのは無意味だ。
だが確かに今見たものは悪くない出来だった。
もしかしたら卒業生の誰かが主役をやればもっとそつなく仕上がったのかもしれないが、星谷には独特の輝きがあった。ほかの育成枠も全員選ばれるだけの実力があったと認めざるをえない。
「怖いな」
と四季が言った。楽しそうに。
学年の序列など学校にいるときだけのものだ。
卒業後は年齢に関係なく競い合うことになる。
前華桜会がなぜ自分たちを選んだのか、四季を主席に選んだのか冬沢は理解した。
彼らは今の二年生たちにバトンをつなぎたかったのだ。
いい面の皮じゃないか。俺たちは。
そう思ったが、言わなかった。
これが、自分が選んだ世界だ。
「四季」
「なんだ、冬沢」
「ご登校をやろう」
「いいな」
四季は即答したが、ほかのメンバーは、今頃? と驚いた。
「二年MS組を出迎えに並ばせる」
「あはは。いいな、それ。早速星谷に連絡しよう」
四季は携帯端末を取り出して入力を始める。
「ま、まあ、いろいろあったから円満な華桜会をアピールするのもアリ……?」
入夏のとりなしにほかのふたりも曖昧に頷いた。
四季は本当に楽しんでいるのかもしれないが、冬沢は思っていた。
現華桜会ここにあり、というところを見せてやる、と。