プロポーズ3
星谷の輝きはほかの役者に影響を及ぼす。だいたいにおいて良い方向に。
星谷が求めている憧れの存在、尊敬する元指導者を演じていれば、星谷から過分な恵みを得ているといううしろめたさがいくらか薄れる。
そんなふうに思い出したのがいつからか、鳳は覚えていない。
「鳳先輩! ドライブに行きましょう!」
両手を広げた星谷に、鳳はソファに寝そべったまま、うーんと唸った。
「星谷。俺、まだ絶賛時差ボケ中なんだよね」
「寝てても治りませんよ。さあ、行きましょう!」
腕を思い切り引っ張られ、鳳は渋々起き上がった。
「車は?」
「大丈夫。借りてあります」
星谷がマンション正面に回してきた車に覚えがあり、一筋縄ではいかない月皇先輩の顔が鳳の頭に浮かんだ。
「マニュアル車っていいですよね」
運転席の星谷はいつものようによく喋った。
「オレもそろそろ買おうかなと思ってるんですけど、先輩はどう思います?」
誰それが最近車を買ったとか、そういう話のあいだに市街地を走り抜け高速に乗った。
「どこに行くの」
「目的地は決めてません。話が終わるまで走り続けます」
え? と鳳は聞き返す。
「さて! それではここからが本題なんですが!」
星谷は声を張り上げた。
「鳳先輩は! これからオレと! どういうふうにつきあっていくつもりなんですか!」
走る車は密室だ。はぐらかすには分が悪い。
鳳が黙っていると、オレから言います! と星谷が続けた。
「オレも先輩に触りたいです!」
思わずハンドルを握る星谷の横顔を見てしまった。
「おまえ、なに言ってんの」
「だから、オレも先輩にキスしたりしたいです! 車のなかで話をすることにしたのは、先輩の気持ちを聞かないでいきなり触ったりしないためです!」
鳳は力なく笑った。
「ごめんね。勝手にキスして」
「いえ、それはいいんですけど」
星谷は声の大きさを戻した。
「オレこそすみません。なかなか自分の気持ちに気づかなくて」
そこを謝られると、鳳のいたたまれなさが増す。
「オレとつきあってください。先輩。先輩はオレのことが好きなんですよね?」
好きじゃない、と言えばいいのに鳳は言えなかった。
窓に肘をつき手で口元を隠し目をそらせると、星谷は小さな声で歌った。
それって、悪いクセだと思うんです
そのまましばらく走り続けたあと息を吸うと、星谷は言った。
「わかりました」
車は高速の出口に向かう。
「帰ります。このままだと地の果てまで行ってしまいそうだし」