夏の夜空
レポートを仕上げてしまおうとキーボードを叩いていた指を、ガエリオは止めた。
いまいち集中できない。
「あー、くそ」
エアコンのきいた部屋の窓を開け、ベランダに出た。
しかめっ面は、湿度の高いむっとした空気に触れる前からだ。
どんよりした夜空からポツポツと雨粒が落ちてくる。
次の店に向かうタクシーを呼ぶ男の背中を、マクギリスは冷めた目で見ていた。
提出したレポートを大層高く評価され先生方の集まりに呼ばれたのだが、ひとりやたらと触ってくる教授という肩書きの人がいた。自分に下心のある人間は大体わかる。ほんの少し気を持たせて利用するのはやぶさかではないが、そこまでの利があるかというとそうでもない。
さて、なんと言って帰ろうか。
外に出ると雨が降っていた。
入り口に横付けされたタクシーに乗り込むお歴々の後ろにいたマクギリスは、通りの向こう側にガエリオがいることに気づいた。
「迎えが来たので帰ります」
異を唱えさせない笑顔で車中を覗き込み、言い放つとドアを閉めた。
ガードレールを乗り越え、車の往来を縫ってガエリオの持つ傘の下に入る。
「よくわかったな」
店の場所と出てくる時間が。
マクギリスが笑う。
誰とでもつなぎをつけておいて損はない。教授の秘書の番号を知っていて、後日ランチを奢る約束と引き換えに店は教えてもらった。時間は適当だ。
「あの娘、おまえの好みの」
「うるさい。とっとと帰るぞ」
ガエリオはマクギリスの腕を引いて歩き出した。
「やんでる」
「え?」
「雨、やんでる」
にわか雨だったのか、確かにもう降っていなかった。
「来るなら傘は二本持ってこい」
「やんだだろ」
肩をぶつけてくるのは、わかりにくいが甘えているのだ。
マクギリスは昔から権威を持った大人に好かれるが、マクギリスがそういった輩を好いているわけではない。
今日の集まりも断ればよかったのだ。
ガエリオは肩をぶつけ返した。
ふたりとも見上げもしなかったが、夏の夜空の雲は消えて星が現れていた。